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公正で透明性のある人事評価制度の実現に必要なこととは?

2019年11月06日更新


SAPジャパン株式会社 人事・人財ソリューションアドバイザリー本部 北アジア統括本部長 南 和気氏(右)
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部部長/HR Trend Lab 所長 土屋 裕介(左)

社員が業務であげた成果、働きぶり、会社に対する貢献度……などを正しく評価することは、人事部や現場マネージャーに課せられた大きな使命だ。しかし、評価制度を上手く機能させることができず、頭を抱える企業や管理職が多いのは、この記事を読んでいる方には周知のことだろう。

では、正しく機能する評価制度を構築・運用する際に何が困難で、何が重要となるのだろうか。人事評価に関するコンサルティングや講演を数多く経験されているSAPジャパン株式会社の南和気氏と、マイナビの教育研修事業部 開発部 部長でHR Trend Lab所長の土屋裕介が、現在の日本企業が直面している『評価制度の問題点』と、それらを克服する『評価制度のあり方』について語り合った。

目次 【表示】

日本企業の評価制度は均質性の高い成果主義から個にシフト

──日本の企業は、海外で成果が出た評価制度を次々と導入してきたイメージがあります。まずはその推移・変遷を振り返っていただけますでしょうか。

南和気氏(以下、南氏) そもそも日本の企業では、長らく“個人に対する評価制度”自体が重要視されず、組織全体としての評価だけであったり、年次が重視され、上司の覚えがいいかどうかが出世に大きく影響した時代がありました。
ようやく成果主義の考え方と共に、個人の成果をきちんと評価すべきという考え方が浸透してきたのは1990年代後半から2000年頃にかけてです。成果を評価する仕組みの一つとして、個人の目標を設定し、その達成率を評価する目標管理制度、すなわち「MBO」(Management By Objective)が普及しはじめたわけですね。

土屋裕介(以下、土屋) ピーター・ドラッガーが、MBOの概念を著書『現代の経営』で提唱したのが1954年です。米国ではそこから導入が始まっていますから、日本で本格的に使われるようになるまで実に40年以上もかかっているということになります。南さんが「ようやく」と言われたのがしっくりきます。

南氏 しかも、日本で導入が始まった頃のMBOは、成果主義を実現するための手法という理解のもとに、多くの企業で上手く運用されていませんでした。中には、「社員が自分の目標達成ばかりを考えて助け合わなくなる」など評価制度自体を否定する意見も上がっていたほどです。それが、個人目標とチーム目標をともに設定するといった手法が浸透するのに合わせて、MBOを取り入れる企業が増えていきました。

土屋 確かに普及は進みましたが、現在でもMBOをベースとした評価制度を上手く運用できていない企業は多いのではないでしょうか。
ドラッガーが提唱したのは「MBO-S(Management by Objectives and Self-control)」だったのですが、日本ではいつの間にかSelf-controlの部分が抜け落ちて運用されてきました。もともとは、個人の目標を明確にし、モチベーションを高めるための手法であり、個人の目標の達成度を測るツールです。マネジメントのツールとして提唱されたMBOを評価制度に組み込むことは、本来の「MBO-S」の枠組みを超えているといえます。
そのため、運用の難易度は高く、評価制度がうまく機能していないケースが散見されます。

南氏 そうですね。本来、ドラッガーが提唱したMBOは、上司が部下をマネジメントするための手法であり、海外ではそのような使われ方が主です。
しかし、日本のMBOは相対評価の中で、いわゆるベルカーブ(正規分布曲線/釣鐘状曲線)に社員の評価結果を相対的に当てはめていくという考え方とセットで運用されています。総人件費をどんなバランスで配分するかを前もって決めておき、評価もそのバランスありきで行われます。[※脚注1]。

これだと、優秀な人が多い部門では、その中で比べられるため評価と報酬は上がりにくい。逆に、個人目標を少し上回るだけで高く評価される部門もある。いずれにせよ、社員個々の成果が正当に評価されず、ただ人件費を調整・管理するためだけの制度になってしまっているように思えます。

土屋 企業の担当者から評価制度を見直したいというご相談をいただくと、経営者サイドからは「報酬原資は増やせない。むしろ減らしたい。でも給与は下げられないし、優秀な社員の働きには報いたい。どうすればいいか」と、企業内での矛盾したオーダーが出てくることが度々あります。

目標の達成度を測るツールが、個人の成果の評価に正しく使われないのは、まさに制度の問題点といえます。そうした反省もあって、さらに新たな評価手法が模索されるようになるのですね。

南氏 そうです。リーマンショック後の2010年~2015年あたりが第二の節目でした。労働人口の減少が顕著となり、グーグルやアマゾンなどインターネットを介したサービスビジネスが市場を席捲して、日本企業が得意とするモノ作りビジネスは停滞します。中国や韓国の企業に次々と追い抜かれ、イノベーションの必要性が叫ばれるようになった頃です。

しかし、イノベーションを起こして新しいビジネスをスタートさせても、成果が出るまでに時間がかかります。ベルカーブに当てはめる相対評価の場合、安定して目標を達成できる仕事をやっていた方が有利です。長い時間をかけて、失敗しながらでも新しいビジネスを立ち上げていこうとは誰も考えません。そこで、旧来の評価制度から脱却しようという動きが出てきました。

土屋 これまで日本の評価制度は「総人件費の制御」という会社組織の視点で運用されていたのに対し、どうすれば個々の従業員が幸福になれるのか、『個』にフォーカスした考え方にシフトしていったようにも感じます。

南氏 その通りです。かつては、誰もが国内の大学へ進学し、社会に出れば男性中心という環境の中で仕事をしてきました。人材がもつ経験や価値観などの均質性が高いため、個人の状況や特性を考慮しない評価方法でも通用したわけです。
しかし、現代の若者は男女平等が当たり前という中で育ち、海外の大学へ行く人も増えて価値観が多様化しています。そして自分たちに対する評価について、フェアネス(公平性)、トランスペアレンシー(透明性)、フィードバックを求めています。自分のどの部分がどういう仕組みで評価され、何を期待され、どうすればパフォーマンスを発揮できるのか、完全に理解しておきたいと考えているのです。

土屋 そうした状況や志向を考慮した結果、それぞれが持つ特性や個性に着目した評価制度として、ランク付けを行わない「ノーレイティング」や、それを機能させるために短いサイクルで上司と部下が面談して情報を共有する「1on1ミーティング」[※脚注2]といった手法が導入されるようになったわけですね。

南氏 ノーレイティングは、個々の目標進捗や行動内容を正確に把握したうえで絶対評価を行う制度で、まさに相対評価から脱却した仕組みです。上司と部下が、逐一状況を共有していないといけないので、年に一度実施する評価面談とは次元が異なるレベルで、コミュニケーションを深めないと成立しません。そのため1on1ミーティングのような場が必要になるのです。これらは、アメリカで始まり、世界共通で波及しているムーブメントですね。

評価におけるポイントは相互理解を深めることと評価基準の伝達

土屋 ノーレイティングでは、個人の状況や特性まで考慮して各社員を公正・正当に評価します。そのため、これまで以上に評価する側と評価される側の関係性が重要になるように思います。

南氏 そうですね。例えば、私自身もグローバル組織に所属しているので、上司も部下も外国人、しかも海外にいて、普段から顔を突き合わせて仕事をしているわけではありません。日本でも在宅勤務などが広がれば、上司がいつでも部下の仕事に目が届くわけではない状況で、部下の仕事や成果、さらにはどういう経験をして何を身に付けているかも含めて正しく把握することが求められてきます。

土屋 私が以前勤めていた会社で営業職だった頃、「君は3年目だから」と年次で、かつ感覚的に目標を設定され、その達成率で評価されていました。数字で評価されるというのはシンプルなのですが、そこに納得感はなかったですね。お客様へのアプローチ方法や受注・販売へと至る過程も考慮して評価してほしかったという思いがありました。

南氏 もし、目標に対して“達成率150%”だった場合、前任者のマーケットを引き継いだだけなのか、ハードルの高かった顧客を新たに開拓して達成した数字なのか、それによって評価はまるで異なるはずですよね。しかし、1年に1度目標設定して、評価するだけでは、数字の中身まで見ることは難しい。出てきた数字だけで単純にその人を評価してしまっている怖さがあります。

土屋 いっぽう、私の現在の仕事は人材開発や組織開発領域における商品開発が主で、数字にしにくい面が多分にあります。どんなものを手掛けたのか、この先を見据えてどういうプロセスを踏んだのかなど、主観に左右されやすい定性的な評価もされているのですが、上司との良好な関係性のうえに成り立っているので、不公平感や疑問はなく、むしろ営業職当時より納得感があるほどです。

南氏 ここでの関係性とは、単に「仲がいい」ということではなく、上司と部下の相互理解ですよね。部下がこれまでどんな経験を積み、どんな可能性や将来性を秘めているのかを上司が把握する。また、評価の際に「実はこうやって欲しかった」というのは、ゲームが終わってからルールを説明するようなものです。それではいけません。仕事のどの部分を評価し、何を評価しないかという明確な評価基準を部下に伝えておくことも重要です。

土屋 まさにその通りです。私が評価に納得出来ているのは、評価基準などについての相互理解が深く、仕事ぶりまでしっかりと見てもらえているからだと思います。現在は私自身も部下を持つ立場なので、相互理解と「仕事の中身まで見る」という思いを根幹に持って評価しているつもりです。

人事評価制度は組織設計まで考えた構築と評価者の教育が重要

──会社は個々の社員を輝かせるために、より有効な評価制度を導入する。その制度の担い手となるマネージャー層はコミュニケーションなどのスキルを磨き、部下との相互理解を深めていく。そうした流れは日本では端緒が開かれたばかりです。問題点も表出しているのではありませんか。

土屋 クライアントと接していると、評価制度にノーレイティングなどの新しい手法を導入したものの上手く運用できていない企業が多いという実感があります。

南氏 それは私も感じます。本来、評価制度は目標の達成度に合わせて適切な評価、処遇を行い、社員のモチベーションやパフォーマンスをさらに上げていくことが目的です。それには、適正な目標設定、着実な実行、公正な評価というMBOの基本がしっかり運用されていなければ何も始まりません。例えば、目標設定の実現可能性を高めるという『SMARTの法則』[※脚注3]を活用する方法があります。5つの成功因子に基づいて個人・組織の目標を設定するもので、その達成率を定期的かつ公正に判断・評価できます。

よく「ノーレイティングを取り入れたい」といった相談をお受けするのですが、ノーレイティングはランク付けを行わないというだけで、評価をしないということではありません。評価制度の根幹にはMBOがあり、それが機能していないのにいきなり新たな手法を運用するのは無理ですよ、と説明しています。

土屋 ですが実際には、MBOを上手く運用できていないのに、「何とかしたい」と新しい手法を導入してしまう企業が圧倒的に多いと感じています。評価制度とは違いますが、そのような現象は、例としてコーチングなども当てはまります。コーチング[※脚注4]の考えを取り入れて「とにかく上司は部下を褒めろ」と指導する企業です。

上司は部下を褒めつつも、評価は正統に行う必要があります。なので、目標を達成できていない部下に高い評価は与えられません。
でも部下の側からすると「いつも褒められているのだから私は職務を全うしているはず。なぜ評価が低いのか?」となる。経営者や人事部が、その時々の思い付きで流行りの手法を脈絡なく導入するせいで、結果として“仕組みの不整合”が生じてしまう可能性があるのです。
そのシワ寄せに苦しんでいるのがミドルマネージャーでしょう。歪んだ評価制度をミドルマネージャーに無理やり運用させることにも繋がってしまいますからね。

南氏 会社は仕組みの不整合や、制度が機能しない原因の一つには、現場の運用当事者であるミドルマネージャーの能力があると思います。確かに部下とのコミュニケーションに問題のある上司が多いのは事実でしょう。ですが、そもそもMBOをしっかりと運用できず、評価制度全体が歪んでいるのですから相互理解に至らなくても無理はありません。
まずは、自社のビジネスや状況に合った最適な評価制度・処遇制度をしっかり機能させるために、評価制度の目的や人事戦略の全体像に対する理解を求め、系統立ったトレーニングでミドルマネージャーを教育していくべきなのです。その順序をないがしろにして手法だけを個別に導入しても無意味と言わざるを得ません。

土屋 加えて、ミドルマネージャーに確固たる権限を与えることも重要ですよね。とりわけ絶対評価をもとに原資を配分する仕組みのノーレイティングでは、その公正性と透明性を確保するためにも、配分比率まで決定する権限を人事部ではなくミドルマネージャーが持つべきです。権限委譲がなされて、はじめて成立する手法ではないでしょうか。

南氏 おっしゃる通りです。ノーレイティングでは、マネージャーによる評価と裁量次第で、報酬原資のすべてを優秀な社員ひとりに支払い、残りの人たちは目標達成率がはるかに低いのでゼロ、ということもあり得ます。その代わりに、マネージャーは「誰に、なぜ、いくら配分するのか」を社員に説明する責任を負うことになります。

土屋 そう考えると、ただでさえ制度の歪みに苦しめられているマネージャーの負担は、労力的にも精神的にも増えるばかりですね。

南氏 スパン・オブ・コントロール、つまり、ひとりのマネージャーが管理する業務領域や部下の数を調整することも必要になるでしょう。評価制度を適切に運用するためには、組織設計まで含めて考えなければならないものだといえます。

土屋 手当たり次第に新しい評価制度を試すのではなく、確固たる価値観に則って、順序良く人事制度を構築していくことが重要ということですね。
ミドルマネージャーは組織や人事制度を抜本的に変える力を持っていません。あくまで現行制度の中で最善を尽くすことが基本です。そして、これまでは評価する側の「評価の目線を揃える」ことが最善とされ、私どもも「同じ事象には同じ評価を与える」といった方向性の研修を提供してきました。
ですが「そもそもなぜ評価は必要なのか」「会社が取り入れている評価制度は何を目指しているのか」「評価によって部下に何を与えたいのか」といった“理(ことわり)”こそが、大切であるはずです。弊社では、そうした部分にも目を向けた評価者向け研修を提供しています。

本日は評価制度を見返すいい機会になりました。ありがとうございました。

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[脚注1]
相対評価とベルカーブ
部下10人を評価するとして、Aランクはもっとも目標達成率の高い1名、Bは次位の2名、Cは4名、Dは2名、Eが1名など、あらかじめ設定された比率(中央部分がもっとも多くなるベルカーブ)に応じて相対的にレーティング(等級分け)で評価していく手法。

[脚注2]
ノーレイティングと1on1ミーティング
ノーレイティングは、個々の社員を相対評価で等級分けするのではなく、目標の進捗度や仕事を通じて得た経験値などをもとに絶対評価を行う評価手法。効果的な目標設定と管理、正確な進捗度把握のためには、短いサイクルに一定以上の頻度(週1回~月1回程度)で個別面談(1on1ミーティング)を行い、進捗や情報を相互共有することが必要とされる。

[脚注3]
SMARTの法則
ジョージ・T・ドランが提唱した、目標設定手法。目標達成の実現可能性を高めるために重要とされる次の5つの因子からなる。Specific……明確な目標であること、Measurable……達成率や進捗度を測定可能であること、Assignable……役割・権限が与えられていること、Realistic……実現可能性があること、Time-related……期限が設定されていること、以上の頭文字から“SMART”と呼ばれる。

[脚注4]
コーチング
部下の潜在能力を最大限に引き出し、自発的な行動を促して、成果をあげさせるためのコミュニケーションスキル。「褒めて伸ばす」ことが重要とされる。

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南和気氏
SAPジャパン株式会社 人事・人財ソリューションアドバイザリー本部 北アジア統括本部長
大阪大学法学部卒業後、米国企業を経て2004年よりSAPジャパンに入社。人事・人材戦略コンサルティングのスペシャリスト。「人事のグローバル化」「グローバルで活躍する人づくり」「イノベーションを実現する組織づくり」の実現を強みとして、200社以上のコンサルティング実績を持つ。人事コンサルティング事業責任者、アプリケーション営業責任者を経て現職。2017年度 立命館大学経営大学院「人的資源管理」講師
著書:
「世界最強人事」 (幻冬舎) 2015年
「人事こそ最強の経営戦略」(かんき出版) 2018年
「Engaged Organization」(かんき出版) 2019年

土屋裕介
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部 部長/HR Trend Lab所長
国内大手コンサルタント会社で人材開発・組織開発の企画営業を担当し、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入した後、株式会社マイナビ入社。研修サービスの開発、「マイナビ公開研修シリーズ」の運営などに従事し、2014年にリリースした「新入社員研修ムビケーション」は日本HRチャレンジ大賞を受賞した。現在は教育研修事業部 開発部部長。またHR Trend Lab所長および日本人材マネジメント協会の執行役員、日本エンゲージメント協会の副代表理事も務める。

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