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働き方改革における育児との両立に必要なものとは

2023年11月02日更新


2018年7月「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が公布されました。厚生労働省によると、働き方改革とは「労働者の事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現」することです。そして、「一億総活躍社会」を目指すため、以下の項目が掲げられています。

(1)労働時間法制の見直し

  • ・残業時間の上限を設定
  • ・年次有給休暇取得の義務化
  • ・月60時間を超える残業の賃金増加
  • ・フレックスタイム制の導入
  • ・高度専門職向けの「高度プロフェッショナル制度」の設定

(2)雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

  • ・正規労働者と非正規労働者(パートタイム、派遣、有期雇用など)との間における待遇格差を是正するための法規整備

上記の「(1)労働時間法制の見直し」では、フレックスタイム制の導入によって、労働形態を柔軟にすることで子育てや介護をしながらでも労働に従事できる環境を整備することが目指されています。

この「働き方改革」の背景の一つには、少子高齢化による労働力人口の減少に伴い労働者層を増加させる必要があったからといわれています。労働に従事する人の多様性を高めることで、多くの人が労働市場に参画することを意図しています。そのための法整備、労働環境の改善が求められているわけです。そして、労働力人口を増やすための対象の一つとして、女性の労働者層を増やすことが施策として掲げられています。

働き方の多様性を実現するための施策の一つとして、なぜ仕事と育児の両立が挙げられているのでしょうか。育児参加の機会は、労働者が所帯をもち家族を形成する過程で起こり得る事態の一つだといえます。もちろん、所帯を持たずしても労働者が生涯を通じて労働に従事することを考えたら、定年を迎えるまで何事もなく健康に過ごせることは奇跡的なことだといえます。

なぜなら、生涯において、結婚、妊娠、出産、育児といったイベントだけに限らず、親や身内、自身の怪我や病気等による介護・看護が必要になることは十分にあり得るからです。さらに言うならば、どこかで事故にあうかもしれない可能性もあり得ます。これらの事態が身に起きたとき、仕事と自身のことだけにすべての時間を費やすことは難しい状況になるといえます。

そして、労働者が妊娠、育児、介護、看護によって何らかの対応が必要な状況になった場合、雇用者は労働者が両立できるように環境を整備する必要性がでてきます。つまり生涯における労働生活の充実に鑑みた際、妊娠、育児、介護、看護などと仕事を両立できる環境が重要になります。

誰もが活躍できる社会、いわゆる「一億総活躍社会」を実現するためには、労働者のもつカテゴリー、すなわち性別、特性、人種なども多様性を帯びた状況を考慮した労働環境の整備が必要になってきます。

今回のコラムでは、仕事と育児に着目していきたいと思います。人生のライフイベントの中には、出産や育児を迎える可能性があります。妊娠や出産は女性の身体に起こることですが、そのパートナーにとっても他人事ではありません。妊娠中の体調不良、出産後の母子の健康状態などによっては、パートナーも以前通りの生活を送れない場合がありますし、そもそも育児はパートナー同士で協力して取り組むものです。また、職場環境における理解も求められます。仕事と育児の両立に鑑みると、当事者のみの問題としては片づけられないのです。

日本では、出産を契機に女性の離職が高まっており、諸外国と比較しても20代から40代の離職率が高くなっています。まずは国際社会における労働時間のジェンダー格差を確認した後、日本における女性労働者を取り巻く課題について検討し、「働き方改革」における育児との両立について考えていきたいと思います。

目次 【表示】

国際社会における性別による労働時間

OECD(経済協力開発機構)は、1日のうちの労働時間を、所得の発生する有償労働時間と、家事育児など直接所得に結び付かないが家族の世話をすることで間接的な所得の発生に結び付く無償労働時間に分けて、加盟諸国のジェンダー間の差異について示しています。

これによると、有償労働時間が長いのは、日本の男性(452分)、韓国の男性(419分)、カナダの男性(341分)で、OECD平均は女性218分、男性317分となっています。日本の男性は、OECD平均よりも135分も長く有償労働に従事していることになります。

一方、無償労働時間が長いのは、イタリアの女性(306分)、スペインの女性(289分)、ニュージーランドの女性(264分)です。OECD平均は、女性262分、男性136分となっています。日本の女性は224分、男性は41分で、男女比をみると日本は5.5倍となっています。この国際比較からわかるのは、日本の男性はOECD平均よりも長く有償労働に時間を費やしており、その一方で無償労働時間に割ける時間は女性に偏っているということです。

女性の労働力増加が求められる背景

日本では有償労働時間と無償労働時間との間に大きな男女間格差がある中で、女性の労働力増加が求められている背景とは何でしょうか。背景の一つとして、少子高齢化社会において労働力の担い手として女性が労働市場に参画することにあります。このような状況は、オランダやスウェーデンも同様で、かつてこられの国でも少子高齢化社会における対策として女性の労働市場への参画を促すための雇用形態の柔軟化や保育制度の充実を進めてきました(鈴木2018、権丈2018)。

2020年の日本における女性の就業率*は、15~64歳女性で70.6%、25~44歳の女性で77.4%となっています(15~64歳男性は83.8%)(男女共同参画局2021)。OECD平均の女性の就業率(15~64歳)は58%であることから、OECD平均よりは女性の就業率が高くなっています。

また、この就業率については妊娠や出産を機に退職することで20代から30代のあいだに就業率が下がり、育児が落ち着いたころに復職することで40代になって再び就業率が上がるという「M字カーブ」を描きます。この「М字カーブ」の谷の深さは近年では改善されてきており、25~29歳で85.9%、30~34歳で77.8%、35~39歳で76%となっています(2000年は、25~29歳で65.9%、30~34歳で57.1%でした)。

筒井(2014)によると、この背景には、男女雇用機会均等法の整備などによる法や制度の側面、男性だけが主たる生計者とするには十分な所得を得られないという経済的な側面、女性の晩婚化による社会的な側面などがあります。そして、筒井は、時短制度や保育制度の充実が、かえって女性を育児や家事の無償労働の従事に固定化してしまう可能性があることを指摘し、これらの制度の充実だけでなく柔軟な働き方の実現を提案しています。

なぜ、柔軟な働き方が重要になるのでしょうか。出産後も仕事を継続する女性がどのような意識をもっているのかをみていきましょう。

*就業率は、正規雇用、非正規雇用の両方を含みます。

働きながら育児をする女性の苦悩

出産後も仕事をする女性の意識に関する研究として、高校の女性教員(山本2018)、女性医師(米本2014)などに関するものがあります。

まず、山本(2018)によれば、高校に勤務する女性教員は出産や育児に伴い休暇を取得することが、周囲が職務で多忙なことからも「迷惑をかける」「申し訳ない」という気持ちがあり、後ろめたさを感じながら産前産後休暇や育児休暇を取得している状況について提示しています。また妊娠中の体調不良により有給を取得する際にはマタニティー・ハラスメントを受ける事例もあります。

たとえば、「妊娠は病気ではないのだから休むのは甘えだ」とか、「私(の妻、姉など)は、出産直前までバリバリ働いていたのだからあなたも頑張りなさい」という言葉をかけられる人もいます。妊娠から出産、産後の母子の経過は、十人十色です。こうした言葉が使われることで、「休む」ことを経て「不安」を生成すると指摘しています(山本2018)。

育児休業からの復職後は、以前とまったく同じ通りに生活することは難しいです。その場合、親が近隣に住んでいてサポートを受けることができるなど、支援体制が整っている場合において可能になります(米本2014)。米本(2014)は、出産後も就業を継続している女性医師は、勤務時間の短縮や保育所の整備の支援を求めていることを挙げています。

育児休業からの復職後、何がどう変わり、どう忙しくなるのか。たとえば、朝夕は、子どもの保育園の送迎のために常に時間と戦いながら子どもの世話と自分のことをしながら日々奮闘する生活を送ります。子どもはすんなりと親の言う事を聞いて動いてくれません。家を出る直前に「この服はいや」「この髪型はいや」「お母さんとお家にいたい」「トイレに行きたい」などなど、様々な理由によって保育園に向かう足取りはスムーズにいきません。

ちなみに、服や髪形、トイレなどは何度も事前に確認しているのに、なぜか家をでる直前に訴えたりします。お迎え後も、保育園で遊んできたはずなのに「公園に行きたい」とぐずり、やっと家についても空腹と疲れから不機嫌のままお風呂や晩御飯となります。急な子どもの発熱や病気に対応するために早退や欠勤をしなければならないこともあります。時短勤務で仕事を定時より早く切り上げても、そのあとに子どものお迎え、晩御飯、入浴、歯磨き、寝かしつけ、明日の保育園の準備と自身の仕事の準備等々とやることが山積みの状況です。有償労働は時刻で切り上げても、そのあとに終わりのない無償労働(子どものケア)が続きます。

上記のとおり、男性の長時間の有償労働が固定化されている中で、出産後に家族をケアするための無償労働時間は女性に偏っています。こうした状況において、女性のみが無償労働時間に費やすのではなく、男性もまた従来の働き方が見直される必要があるといわれています(大湾2017)。

「働き方改革」による意識改革

「働き方」を変えるというのは、法整備や制度を改訂する、人事評価の内容や制度を変えるということだけでなく、労働者の意識そのものを変えていく必要があります。つまりそれは、これまで長時間労働や転勤によって昇進や人事評価の対象としてきた従来の「硬直的」な働き方ではなく、男性も女性も育児や介護に参加しながら仕事を両立できる柔軟な働き方をいいます(大湾2014)。

これは今まさに育児している男性、女性だけに限らず、子どもをもたない労働者、すでに子育てはおえた労働者など、すべての労働者にいえることです。なぜなら、誰もが、自身や家族の看病、介護が必要になることが十分にあり得るからです。

働き方に関する「制度」と「意識」の改革がなければ、多様な人材によって構成される多様な働き方は実現できません。従来の固定的な働き方に固執することなく、柔軟な働き方を可能とする制度と意識を構築することで、職場の多様性の形成に近づくといえます。

参考文献
OECD(2020) Balancing paid work, unpaid work and leisure.
男女共同参画局(2021)『男女共同参画白書』。
筒井淳也(2014)「女性の労働参加と性別分業 ―持続する「稼ぎ手」モデル (女性の労働参加と性別分業)」『日本労働研究雑誌』No. 648、pp.70-83。
大湾英雄(2017)「働き方改革と女性活躍支援における課題―人事経済学の視点から (働き方改革と女性活躍推進における課題)」『RIETI Policy Discussion Paper Series 17-P-006 (働き方改革と女性活躍推進における課題)』独立行政法人経済産業研究所。
権丈英子(2018)「オランダの労働市場」『日本労働研究雑誌』労働政策研究・研修機構、No. 693、pp.48-60。
鈴木賢志 (2018)「スウェーデンの労働市場」『日本労働研究雑誌』労働政策研究・研修機構、No. 693、pp. 61-70。
山本直子(2018)「公立高校の女性教員の出産・育児による「休む」こ とへの意識 : みずほ情報総研および教育委員会特 定事業主行動計画における調査データを手がかりに (特集 学校の労働環境と教員の働き方)」『学校経営研究』43巻、pp.20-39。
米本倉基(2014)「女性医師のワーク・ライフ・バランスに関する質的研究 (女性医師のワークライフバランスに関する質的研究)」『日本医療・病院管理学会誌』Vol. 51, No. 2、pp.17-25。

著者プロフィール武 寛子(たけ ひろこ)
(名古屋大学/日本学術振興会 特別研究員) 2010年 神戸大学大学院 国際協力研究科 博士後期課程修了(博士(学術)取得) 専門分野:比較教育学、高等教育学、多文化共生 博士後期課程ではスウェーデンと日本における中学校教師のグローバル・シティズンシップ教育観に関する比較研究を行う。博士号取得後は、高等教育機関に関心を移し、スウェーデンの大学における質保証枠組や学生の評価リテラシーに関する分析を行っている。また、国内の国立・私立大学において非常勤講師として、「人権」、「多文化共生」、「異文化理解」、「多文化社会における社会政策、教育政策」に関する科目を担当している。
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