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リテンションマネジメントで従業員の離職を防ぐ!これからの日本企業が取り組むべき施策とは

2020年05月07日更新


青山学院大学 経営学部 経営学科 教授 山本 寛氏(右)
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部 部長/HR Trend Lab所長 土屋 裕介氏(左)

従業員の定着・引き留めは以前から企業にとって重要な課題である。
近年ではいっそう重要性が高まり、具体的な施策が“リテンションマネジメント”という用語とともに注目されている。
リテンションとは「保持」や「維持」を意味し、HR分野においては優秀な人材の離職を防ぎ、確保するための多角的な施策をリテンションマネジメントと呼ぶ。
リテンションマネジメントが注目されている背景としては、少子化による人手不足や、転職が当たり前になってきたことが大きい。

3年内離職率30%といわれる現代において、企業はいかにしてリテンションマネジメントを推し進めていくべきなのか。
キャリア形成に関わる組織マネジメントの研究の第一人者である青山学院大学経営学部教授・山本寛氏に、マイナビの教育研修事業部 開発部 部長でHR Trend Lab所長の土屋裕介が直撃した。

 

目次 【表示】

高まるリテンションマネジメントの重要性

――転職者数は、リーマンショック後に落ち込んだ後、徐々に増加へと転じ2016年には年間300万人の大台を回復しました。多くの人が“転職”を頭に置きながら働いている現代、リテンションマネジメントの重要性や具体的施策は、終身雇用が前提だった以前とは大きく異なっているのではありませんか。

山本寛教授(以下、山本教授) 終身雇用が前提だった時代は、リテンションの対象はほぼ若手社員限定。引き留めるための手立ても福利厚生と研修による人材育成くらいでした。

土屋裕介(以下、土屋) 人材育成では、われわれのような外部ベンダーが入る研修ではなく、社内での研修や脈々と受け継がれてきたOJTの手法が主流でしたね。

山本教授 ところが転職が一般化したことによってリテンションの対象は大きく変わり、従業員全般に拡がりました。実は転職した人の多くは、転職後の給料だけでなく仕事や人間関係にも満足している、というデータがあります。新しい環境で生き生きと働く人たちの様子がSNSなどで拡散されて「転職するといいことがある」という認識が共有されるようになった。転職の増加には、そうしたことの影響も大きいのではないでしょうか。

土屋 転職者が増えた理由は、現在の職場に対する不満の総量が昔と比べて上がったから、というわけではないと思います。気軽に転職できる環境になったため、思い立った時に「よし転職だ」とすぐにトリガーが引かれてしまうようになったからでしょう。だからこそ、今まで以上にリテンションマネジメントが注目されるようになったわけですね。

 

――若手や中堅など、定着してもらいたい対象に合わせてリテンションマネジメント施策を実施することが重要になるのではありませんか。

山本教授 もちろんそうです。たとえば社員表彰制度は、自己実現欲求の高い若手のモチベーション向上に効果があり、とりわけハイパフォーマーに有効です。「副業を認めない企業には行かない」という人が増えているので、副業の解禁もリテンションの要でしょう。

土屋 女性社員の定着に配慮する企業も目立ち始めました。女性管理職の育成に加えて、育休や復職などキャリア全体を考えるセミナーが増えています。

山本教授 安定して結果を出している中堅社員の離職も大きな痛手でしょう。彼らの持つスキルやノウハウが失われ、「自分の面倒を見てくれていたあの優秀な先輩が辞めた。会社はどうして引き留められなかったのか?」と、転職者の周囲のモチベーションにも影響を及ぼしますから。中堅層には、給与などの待遇を改善が1つの手です。結婚、出産、マンション購入など何かと出費が重なる時期ですから。彼らの生活が豊かになっていくのを見れば、その下の世代も自分の将来について安心感を抱け、若手のリテンションにもつながります。

土屋 キャリアアップを目指して外へ飛び出していくポジティヴな退職なら、まだ周囲への影響は少ないはず。ですが、仕事や人間関係に疲れ切って去る人、私たちは“疲弊退場型退職”と呼んでいるのですが、こちらが増えると企業としては悪いスパイラルに陥ってしまうでしょう。

 

リテンション施策で重要なのは社内の人間関係

――社内の人間関係は離職・転職の大きな要因とされています。その対策もリテンションマネジメントにおけるポイントですね。

山本教授 上司や先輩との関係性は、かなり重要。仕事がつまらないとかワークライフバランスが取れないとか、いくつかの原因が重なって人は離職・転職に至るのですが、職場での人間関係がいいと残ってくれることが多い、というのは事実です。

山本教授 そこで大切なのは“褒めあう文化”。経営陣が積極的に幹部社員を褒めるとか、サンクスカード制度を導入するなどして、褒める企業文化を醸成していくのです。面白いのは、本心から褒める必要はないということ。褒めるのは技術だ、という考え方があって、実際、訓練を受ければ「褒める技術」を身につけることは可能なのですね。

土屋 近年の研修には、そうした視点が盛り込まれているものも増えています。ある人の褒めるべきところを10個挙げられなくても、なぜか良くないところは10個挙げられる。そこでリフレーミングという技術を身につけてもらいます。“業務処理が遅い”を“慎重に業務をこなせる”と捉えれば褒め言葉になるわけです。

山本教授 メンター制度やブラザーシスター制度も重要。そうした、若手をサポートできる人材の育成も現場では求められているのではありませんか。

土屋 入社したばかりの若手は不安も多いので、離職防止という意味でも、現場では求められています。ですが、メンター制度を導入する企業は多いものの、大成功を収めているところは少ない印象があります。というのも、業務を教える先輩(トレーナー)以外に、もうひとり別の先輩を若手のメンターとしてあてがうのは人手不足もあって難しい。そこで1人の先輩に兼任させることになるのですが、トレーナーとメンターで必要とされるスキルは異なるため、なかなかうまくいかないことが多いのが現状です。

山本教授 学術的に見ると確かに両者は異なるのでしょうが、現場実務を考えるとメンターとしてのみ関わるのは無理でしょう。トレーナーやメンターといった役割にこだわらず若手と接して「若手のやる気を引き出すのに役立ったのは、この一言」など、サポートに有効だった実例を現場レベルで積み上げて共有していくことが、メンター制度やブラザーシスター制度の成功に必要だと思います。

土屋 もう1つ、上司が部下と接する場面で難しいのが、「成果を出させるために業務を任せること」「リテンションを意識すること」「成果に基づく評価をすること」の3つのバランスです。成果を出してもらうため、或いは、さらに成長してもらうために、一定の労力が必要な業務や責任が伴う職務を与えると、一時的に肉体的・精神的な負荷が高まり、結果、離職のトリガーがひかれてしまう可能性が高まります。そこでリテンションを意識して部下を褒めることになるわけですが、成果が出ていなければ高く評価するわけにはいかない。成果を出させるためのコーチング研修も、リテンションのためのコミュニケーション研修も、評価の手法を学べる研修もあります。ですが、一番難しいのは、それらをどう統合して実務に生かすかなのです。

山本教授 リテンションは、あくまでも「会社に残って成果を上げてもらう」ことが目的。若手の力を引き出し、自己実現欲求を満たしてあげることができれば、それは離職防止にもつながると思います。ですからコーチングから成果を導きリテンションにつなげるといった具合に一体化させることは可能でしょう。

問題は評価です。難しいのが、まだ成果を出せていない若手の伸びしろや、成果に結び付ける前のプロセスなどをどう評価するのか。成果が出ていなければ、評価ができず、結果として若手のリテンションに影響する可能性があります。最近ではノーレイティングという手法が注目されていますが、実践ではまだまだといえるでしょう。これも今後のノウハウの蓄積に期待したい部分ですね。

土屋 目指すべきは、「褒める技術」も使いながら、部下や後輩と良好な関係を築くための取り組みを続けていく、ということですね。

山本教授 とりわけ大事なのが、フェイス・トゥ・フェイス。人間関係を良化させるためには、これに勝るものはありません。メールやSNSに頼ることなく、必ずその人のもとへ行って話すようにするとか、人の動線や配置まで考えたオフィス設計をするなど、人と人が面と向かって話をすることができる環境づくりが必要です。

また、若手社員からすると、1年上の先輩とは話しやすいのですが、それ以上の人たちに対しては壁を感じがち。先輩・上司の側から話しかけて関係を作っていくことが重要です。ただ、やっと本音を話せる関係を築けたのに異動で離れてしまう、ということもあり得ます。同期どうしの横のつながり、上司と部下の縦のつながり、他の部署の管理職との斜めのつながりが自然と生まれて、コミュニケーションの連鎖が途絶えないような仕掛けも大切です。

 

「働き方改革」で変わる日本企業のリテンションマネジメント

――働き方改革や外国人労働者の受け入れ、ダイバーシティの推進などにより、今後はリテンションマネジメントも大きく変わるのではありませんか。

土屋 大きく変わるでしょう。その時どんな手法が広まるのかをいち早く察知できるよう、海外の動向に目を向けています。マネジメント手法など、今日本で一般化しているHR分野のノウハウの多くは、先に欧米で成果の出たものが数年遅れて日本に入ってくるという流れを辿っています。リテンションについても同じように海外からノウハウが入ってくるかもしれません。しかし、転職に対する価値観やリテンションに対する考え方は海外と日本では大きく違います。そんな中で、どんな手法が入ってくるのか、日本でどうアレンジされ広まっていくのか、興味のあるところです。

山本教授 イギリスで目にした例としては、個人情報の集約と活用があります。それまでのキャリアを一気通貫で捉え、ある時点での経験がいまどう生かされているのか、将来どういう人材に育ちそうか、どんなキャリア目標を描いているのか……と、ひとりの社員を俯瞰し、「この人の能力や志向に応えられる新たな部署やビジネスを立ち上げよう」と経営戦略と人材戦略をリンクさせて具体化していく。そうすることで、成果を上げることでキャリアを高めていきたい優秀な人材のリテンションになるわけです。

また「エグジットインタビュー」(退職理由の聞き取り)も海外で盛んになっていますね。上司が直接聞くという形でもいいし、外部のキャリアコンサルタントに依頼してもいい。とにかく本音を聞き出すことが重要です。そこで得られた情報や知見は、将来のリテンションマネジメントに生かすことができるはずです。

土屋 われわれは研修サービスを提供しているわけですが、リテンションの観点から研修を考える際に重要なことは何でしょうか。

山本教授 たとえば、ロールプレイング研修です。各社員が自身の職務上の役割や実際の業務を理解する場として有効だと思いますが、それ以上に「研修でやったことが実際の業務と密接に結びつく」という工夫が必要です。また、辞めていく人が若手や中堅に集中しているなら、その層に特化した研修を開発・導入しなければなりません。

また、社員によって将来に対するビジョンは異なりますから、どんな人にも対応できるよう研修のカフェテリア・プラン化を進めるべきでしょう。例えば、それも単に「いろいろな外部研修やeラーニングから自分が受けたい講座を選べます」というだけでは不十分。その研修や講座でどんな能力の向上が見込めるのか、将来どの部署のどの実務に役立つのか、そこに今後の経験をプラスするとどうなるのか……と、社内でのキャリアパス全体を見据えたガイダンスを提供できればベターですね。

土屋 個々の状況に最適な研修のアレンジ、という視点は重要ですね。階層別研修で言えば、新入社員向けや管理職向けなど、いわゆる“節目研修”だけでなく、その中間にいる層への研修ニーズも増えていて、弊社でも中堅社員研修をリリースしたところです。

山本教授 副業を志望する社員への対応や、業務が専門化・分業化している現状を考えると、個人の専門性向上やスキル開発も大きなニーズとなっていくはず。たとえば、職業訓練とその評価・公証がワンパッケージとなったイギリスの全国職業資格(NVQ=National Vocational Qualifications)制度のように、職業単位・職種単位の研修が求められることになるでしょう。

土屋 IT関連サービスで「ITスキル標準」という業界スタンダードの資格がありますが、これを多くの職種に広げていくイメージですね。研修業界では、管理職研修など階層別研修が主流であり、個人に合わせたというよりは「ある階層に必要な考え方やスキル」を提供するための研修が多いのですが、確かに、もっと身につけるスキルを細かく設計する事も併せて重要なことですね。

山本教授 そして、汎用的なスキルや多様な現場で役立つ専門技術・専門知識を習得できる企業は、社会人としての雇用される能力や可能性であるエンプロイアビリティの向上につながる会社だ、とアピールできます。

――ただ、従業員個々の「実践的な仕事力」、つまりエンプロイアビリティが高まると、外へ出ていく人が増えて、リテンションの観点からは逆効果なのではありませんか。

山本教授 せっかく育てた従業員に転職され、能力開発投資が無駄になるという、いわゆる「エンプロイアビリティ・パラドックス」ですね。確かに社外でも役に立つ人材を育成すると、スキルをより活かせる場所を求めて退職する人の増加を招くかもしれません。ですが、だからといって能力開発コストを縮小均衡させると「この会社では“学び”がない」とエンゲージメントは下がります。若い人には成長実感が大切なのです。

エンプロイアビリティを十分に高めておけば、外に出ていった人が転職先で活躍したり、起業に成功したりします。すると、「あの会社の出身者は優秀な人ばかりだ」と、いわゆる“人材輩出企業”として認識されるようになる。そうなれば、「この会社でキャリアを高めたい、スキルを伸ばしたい」と、優秀な若者が集まるサイクルにつなげられます。

さらに、退職して独立起業した人でもまた戻ってこられるような土壌を作ることもできれば、より人を惹きつけられるでしょう。企業にはそういう価値観も持ってほしいものです。

土屋 多くの企業がそうなることを目指してくれれば、優秀な人材が増え、雇用の流動性が高まります。そして、そのような企業が多く存在する業界は、業界全体としての魅力も向上するでしょう。そこまで割り切れる企業はまだ多くないので、人事担当の方々を啓発することが、今後のわれわれの仕事かもしれません。

山本教授、本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

-Profile-

山本寛

青山学院大学 経営学部 経営学科 教授

経営学博士。専門は人的資源管理論、キャリアデザイン論など。経営科学文献賞など受賞歴も多く、著書には、個人のキャリア発達と組織によるマネジメントの問題を体系化した『人材定着のマネジメント-経営組織のリテンション研究』(中央経済社)や、『転職とキャリアの研究-組織間キャリア発達の観点から』(創成社)、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』(日経プレミアシリーズ)などがある。

 

土屋裕介

株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部 部長/HR Trend Lab所長

国内大手コンサルタント会社で人材開発・組織開発の企画営業を担当し、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入した後、株式会社マイナビ入社。研修サービスの開発、「マイナビ公開研修シリーズ」の運営などに従事し、2014年にリリースした「新入社員研修ムビケーション」は日本HRチャレンジ大賞を受賞した。現在は教育研修事業部 開発部部長。またHR Trend Lab所長および日本人材マネジメント協会の執行役員、日本エンゲージメント協会 副理事も務める。

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