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ワーク・エンゲージメントと離職意向の関係性

2019年05月28日更新

エンゲージメントイメージ

目次 【表示】

1.ワーク・エンゲージメントとは何か?

エンゲージメント(engagement)は、直訳すると「従事」「婚約」「契約」といった意味です。
これを仕事(会社ではない)にあてはめた場合、仕事に対する「愛着心」「思い入れ」ということができます。

ワーク・エンゲージメントとは、シャウフェリとバッカー(2004)の定義によれば「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力(Vigor)、熱意(Dedication)、没頭(Absorption)により特徴づけられる」ことです。
つまり、活力、熱意、没頭という個人的な心理状態の3つの要因が、そろって高い状態であれば、ワーク・エンゲージメントが高いと定義づけられます。誤解を恐れずに言ってしまえば「生き生きと仕事をしているかどうか」を示す指標になります。

この指標への理解を深めるためには、活力、熱意、没頭とは何かを整理しておく必要があります。
活力は、仕事に対するエネルギッシュさを意味し、身体的にも精神的にも疲弊しにくく回復力があり、困難な状況にあっても粘り強さのある状態です。
熱意は、仕事に対しての思い入れであり、熱中し、誇りを感じている状態です。没頭は、仕事に無意識にのめり込み、時間を忘れてしまうこととされています(島津,2015)。

2.離職との関係性

それでは、このワーク・エンゲージメントは離職意向(会社を辞めたいと思う度合い)と、どれくらい関係性をもっているのかを2つの観点から見てみましょう。
1つ目は先行研究からの観点です。
先のシャウフェリとバッカーの論文では、活力、熱意、没頭と離職意向との相関係数(r)が記述されています。
活力とはr=‐0.16、熱意とはr=‐0.39、没頭とはr=‐0.20です。0に近いほど無相関(関係性がない)、1に近いほど正の相関(片方が高いとき、もう片方も高い)、-1に近いほど負の相関関係(片方が高いとき、もう片方は低くなる)を表しています。
つまり、シャウフェリ=バッカーのデータでは「活力・熱意・没頭が高いほど、従業員の離職意向は低い」という負の相関関係を示しているわけです。

2つ目は独自データからの観点です。
2013年にITベンチャーA社で全数調査した筆者の独自データがあります。
このころ、ワーク・エンゲージメントという用語を筆者は知りませんでした。
しかし、賃金、休日数、福利厚生に代替する「新たな報酬」の研究をしようと試み、先行研究を参考にして独自の質問項目を作成していました。
それを4件法(かなりそう思う:4、そう思う:3、そう思わない:2、まったくそう思わない:1)にて実施したわけです。

独自データをもとに「転職をしたいと思うことがある(離職意向)」とワーク・エンゲージメントに関連しそうな各項目との相関係数を算出してみました。
各質問項目は以下のとおりです。「自分の仕事にはやりがいがある(やりがい)r=‐0.37」「仕事に熱中し時間を忘れることがある(没頭)r=‐0.26」「仕事に達成感を感じる(達成感)r=‐0.41」。
したがって、中程度から弱程度の負の相関であることがわります。
ゆえに、ワーク・エンゲージメントと離職意向との関係性は「負の相関にある」と結論付けてよいと考えられます。

 

3.ワーク・エンゲージメントの高い企業は離職意向が低いのか?

ただし、本調査では副次的に意外なことが判明しました。
「やりがい」「達成感」「没頭」等のワーク・エンゲージメントに関連すると考えられる質問項目を図表1で確認してください。
Mは平均、S.Dは標準偏差、Nはサンプル数を意味しています。
そうすると、ITベンチャーA社での結果は、他の研究(すべて4件法です。なお、参考文献に使用データが記載されています)で示された標本の平均値よりも、かなり高い水準であることがわかります。
また、標準偏差であらわされるデータのバラつき度合いにも、大幅な差のないことがわかります。
このような状態であれば、当然ながらワーク・エンゲージメントを感じて離職意向は、もちろん低位であると予想されます。
しかし、実はそうならなかったのです。

図表1 他研究データとの比較

独自データ 三浦ら 東京大学
M S.D M S.D M S.D
やりがい 3.56 0.68 2.83 0.80 2.60 0.74
達成感 3.39 0.84 2.66 0.78
没頭 3.44 0.76 2.59 0.79
対象者 ITベンチャーA社従業員 大手金融機関

従業員

情報通信業

従業員

N 57 405 445

 

なぜなら、離職意向と「やりがい」—「没頭」を加算した数値(レンジ3-12)をクロス集計すると、「やりがい」—「没頭」が高位(レンジ8-12)でありながら、離職意向あり(レンジ3-4)の従業員が26名もいたのです。
つまり、「やりがい」—「没頭」のレベルが高いにもかかわらず、全従業員の半数ちかく会社を辞めようと思ったことがあると回答したのです。
事実、従業員の聞き取り調査では毎年のように全従業員の2割程度が退職するということでした。
その原因を調べると結果は単純でした。質問票の自由回答で挙げられていたのですが、従業員の多くは、給料、休日数、待遇の面で不満でした。
この事例検討により「ワーク・エンゲージメントが高くても離職意向が低いとは限らない」ことが示唆されるのです。

 

4.離職抑止方法の行き方

たしかに、1社のみの調査で普遍的なことが言えるのか?という課題もあります。
しかし、どんなに多くの企業を調査し「ワーク・エンゲージメントが高ければ離職意向も低い」事例を集めても、「ワーク・エンゲージメントが高ければ、絶対に離職意向も低い」という仮説を証明できるわけではありません。
なぜなら、そうでない企業が存在する可能性を否定できないからです。
反対に、そうでない企業を1社でも見つけることができれば、「ワーク・エンゲージメントが高ければ、絶対に離職意向も低い」という仮説は正しくないと確実に言うことができます。

また、いくつかの事例を挙げ、低賃金で休日も少ないにもかかわらず、従業員たちの仕事へのやりがいを高め、自発的に自己実現に邁進しているよう巧妙にしかけている企業も存在していると本田(2011)は論説しています。これを「やりがい搾取」と言って警鐘を鳴らしています。

ワーク・エンゲージメントそのものは、従業員にとってポジティブで充実した心理状態ですから、仕事に対する個人的な幸福感をもたらしてくれます。
それ自体は、好ましいことで自己実現にもつながっていると考えられます。働き方改革においても、重要な位置づけとなります。

しかし、そこに潜んだ危険性も存在していることをメッセージとして指摘したいのです。
たしかに「活力・熱意・没頭が高いほど、従業員の離職意向は低くなる」と言えます。
しかし、せっかく離職抑止に有効であるはずのこの方法を逆手にとり、離職抑止の方法として「ワーク・エンゲージメントを高める制度や施策を導入すれば、賃金・休日数・福利厚生を抑えてもよい」(やりがい搾取)というあり方は、制度の濫用であり非常に危険なのです。

したがって、効果的な離職抑制策として、ワーク・エンゲージメントと賃金・休日・福利厚生の「どちらを高めるか」ではなく、「どちらも高めることが重要」であることがわかります。
〔参考文献〕(参考順)
Schaufeli,Wilmar B.and Bakker,Arnold B.(2004)“Job Demands, Job Resources, and Their Relationship with Burnout and Engagement: A Multi-sample Study” Journal of Organizational Behavior,25,3,pp.293-315.
島津明人(2015)「ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化」『日本職業・災害医学会会誌』63(4), pp.205-209
三浦康司,鈴木規子,竹内佳代子,竹沢友規,山本真裕,谷口幸一(2002)「企業従業員の職務満足感・職務不満感が精神健康度に及ぼす影響」『東海大学健康科学部紀要』第7号,pp.59-66.
東京大学社会科学研究所(2009)ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト『働き方とワーク・ライフ・バランスの現状に関する調査報告書改訂第3版』,p32.
本田由紀(2011)『軋む社会-教育・仕事・若者の現在』河出書房新社,pp.90-106

 

-Profile-

冨山 禎信 (とみやま よしのぶ)

東筑紫短期大学美容ファッションビジネス学科講師。2018年九州情報大学大学院経営情報学研究科単位取得満期退学。修士(学術)。東亜大学経営学部卒業後、2000年東亜大学大学院総合学術研究科経営管理専攻5年一貫制博士課程にて修士号取得。小学校情報推進員、公立高校教員の勤務を経て、2018年より現職。近年の主な研究対象は、中小企業の離職抑止策。専門は中小企業論、組織論。副専門として情報教育。

主要論文
「若年従業員の「離職意向」に及ぼす影響要因の検討:中小IT企業の実態調査を基礎として」『関西ベンチャー学会誌』第6巻(2014)
「中小企業の早期離職に対応する「内発的動機付け」の効用と限界」『九州情報大学研究論集』第19巻(2017)

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