【研究員コラム】チェンジマネジメントとは何か
「VUCA(予測困難な時代)」という言葉が叫ばれて久しく、『テクノロジーの急速な発達による市場の急激な変化』『イギリスのEU離脱』『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大』などの出来事が、私たちの社会に大きな影響を及ぼしています。それに伴い、国家や企業、自治体といった「組織」でも大小様々な変化が起こっています。
本コラムでは「チェンジマネジメント」をキーワードに「どんな概念なのか」「チェンジマネジメントの進め方」について解説します。
チェンジマネジメントとは何か?
チェンジマネジメント(Change Mangement)とは、日本語で「変革管理」とも呼ばれ、「あるべき姿や達成したい目標」に向かい、現状とのギャップを明確にし、ステークホルダーや環境を巻き込みながら、その状態を実現する事(変革)を推進すための管理手法です。
なぜチェンジマネジメントが必要なのか
さて、なぜ組織は変革を必要とするのでしょうか。ここでは「企業」という組織を例にみていきましょう。
企業は「利潤を追求する」ことを最大の目的として語られる場合もありますが、利潤の追求は企業が存続するための一手段にすぎません。
現代経営学で有名なピーター・ドラッカーは、企業の存続意義を以下のように定義しています。
“ 企業の目的として有効な定義は一つしかない。すなわち、顧客の創造である。”
(『企業とは何か』P.F.ドラッカー (著)上田 惇生 (翻訳)ダイヤモンド社 2008年)
言い換えるなら、自社の顧客を創造し続ける事は、安定的な収益を確保でき、「従業員の給与」「商品開発への投資」「株主への配当」「社会発展への寄与」などに対応する事ができるようになるのです。
一方で自社の主要市場における需要動向の変動(縮小または消滅)、購買層ニーズの変化、規制強化など、今まで成功してきた方法を流用するだけでは、通用しなくなる場合があります。
このような環境下で従来の事を従来通り続けていく事は限界があり、「顧客の創造」を実現し続けるには、「その状況に併せた変化」が必要です。
チェンジマネジメントの実践方法
では、チェンジマネジメントを実践する上で、具体的にどのような事を行えばよいのでしょうか。
今回は、企業変革の事例を100社以上分析したジョン・P・コッターが、変革を推進するための共通プロセスや失敗要因をまとめたうえで提唱している「変革の8段階プロセス」に沿って日本企業が変革を実践する際に留意したいポイントをお伝えしていきます。
1.危機意識を高める
企業が何か新しいビジネスモデルや企業ガバナンス(企業経営を管理する仕組み)を用いて変革を行う際には必ず組織内に現状のままではいけないことを明確に伝え危機感の醸成を行うことが必須です。
なぜなら、危機感が組織にうまく浸透しない限り、どうして変えなければならないのかという思考をもった反対勢力によってこのあと進む取り組みが阻止されてしまい変革が途中で頓挫してしまうからです。
コッターによると、経営幹部の75%が「このままではだめだ」と認識しない限り変革は失敗すると言われており、強いリーダーシップのもと危機感の醸成はチェンジマネジメントを行う上で必須条件となります。
2.変革推進のための連携チームを築く
経営幹部や主要メンバーに危機感の醸成を完了したあと、この変革を推進するためにも連携チームを生み出す必要があります。
コッターによると、効果的に変革を進めるチームを生み出すためには、(1)パワー(権限)を持った人材 (2)高い専門知識を持った人材 (3)組織から信頼を得ている人材 (4)変革を前に動かすためのリーダーシップ力を発揮できる人材の4つの要件が不可欠であると述べています。
一人ですべての要件を持ち合わせている必要はなく、それぞれの要件を特徴として持っている人材を発掘して、チームで目指す方向のすり合わせやメンバー間の信頼構築を行ったうえで、各自が持つ能力を発揮することが求められます。
3.ビジョンと戦略を生み出す
コッターによると、ビジョンは「将来あるべき姿を示すもので、なぜ人材がそのような将来を築くことに努力すべきなのかを明確に、あるいは暗示的に説明したもの」と定義しています。
従業員には変革によって、何が期待されていて、今後どのように進めていくのかを明確に示す必要があり、また多くの人にこの後、周知徹底していくことを考えると、短い時間で説明できる魅力的なビジョンであることが望ましいと言われています。
4.変革のためのビジョンを周知徹底する
ビジョンや戦略の設計が終わり、運用に向けて従業員に説明をする機会に進んだ場合によくみられるのが、「社内説明会は開催されたが社長が一度だけしか社員に説明していない」もしくは「説明会などは開催されず文面のみの告知」となっているパターンです。
これでは、従業員に理解してもらうことができず、ビジョンと戦略だけが独り歩きしてしまい現場とのずれが生じてしまいます。
これらを回避するためにも、あらゆるコミュニケーション手段を活用して周知徹底し続けることが必要となります。社長からの説明も、一度だけではなく、社内のイントラサイトや定期的な動画配信などあらゆるチャネルを活用して発信し続けることで、従業員が初めて理解することが出来ます。
また合わせて重要となってくるのが、変革推進チームが率先して行動しながらも周知徹底することも、現場からの理解を得るためには重要となってきます。
5.従業員の自発を促す
従業員に今後のビジョンや戦略が周知されてくると同時に、今度は変革の行く手を阻む障害が発生してきます。その障害となるのは、人だけではなく、古くからその企業にある文化や制度なども挙げられます。
時には変化の行く手を阻む障害を取り除く判断を行うことも必要であり、それらの手段として新たな人材の登用や社内異動、制度の見直しなどが考えられます。
ここでもパワー(権限)を持った人材が変革推進のための連携チームに参加していない場合、連携チームだけでは権限がないため、判断ができずに変革が大幅に遅れてしまう、もしくは障害から身動きが取れない状態が続いてしまうため必ず連携チームにコミットする必要があります。
6.短期的成果を実現する
第5段階で変革に関わる障害を取り除いたとしても、まだまだチェンジマネジメントが成功したとは言えません。
従業員が一団となってプロジェクトに取り掛かっていたとしても、一向に成果がでなければモチベーションが下がってしまい勢いを失ってしまいます。
そのためにも短期的な成果が出るような仕組みを意図的に設計段階から組み込んでおきます。どんなに小さな粒度であっても、今回の変革によって眼に見える改善を実感させることで、それらが追い風ととなり、変革のプロセスは進行していきます。
また合わせてこれらの成果に貢献した人を、組織内で称えるためにも、積極的に表彰する、報酬を上げることも同時に行うことが効果的です。
7.成果を活かして、さらなる変革を推進する
短期的な成果が追い風となり、社内で成功体験が蓄積してきた段階で、ギアをあげて変革に勢いづけて、全体的にこの取り組みになじまないシステム、構造、制度を変革することが必要となります。
この段階で、企業としては「変革が成功した」と宣言したいところではありますが、まだ定着する前に勝利宣言をしてしまうことで、取り除いていたはずの障害が再び芽を出してしまい、この段階であっても、変革が頓挫してしまうケースがあるため注意していきたいです。
8.新しい方法を企業文化に定着させる
短期的な成果が積み重なることで、新しい方法を企業文化に定着させることができます。
その期間は変革のレベルにもよりますが、最低でも3年、長いものだと5年~10年ほどかかると言われています。
定着をさせるためのポイントとしては、新しい方法と企業の成功の関係を企業内で発信し続けることが重要であることと同時に次世代リーダーへの能力開発を進めていくことです。
第一に従業員が新しい方法によって、成果を得ることができたと理解しない限り、受け入れることができないからです。
また次世代リーダーの開発も変革が終わった段階ではなく、変革の最中に次の担い手となれる次世代リーダーの育成を行うことが新しい手法の定着には必要となります。
十分に時間をかけて変革の重要性を説いたうえで、引継ぎを行わなければ、後任が権限を誤った形で発揮してしまい逆戻りしてしまうといったこともあり得るからです。
日本企業の特性が「変革」を妨げる?
コッターによる「8段階のプロセス」は、企業が変革を推進する上で留意すべき事が分かりやすくまとめられています。ただ、日本企業がこのプロセスをそのまま取り入れ、スムーズに変革を推進させる事は難しいでしょう。チェンジマネジメントはアメリカで発祥した考えであり、例えば「雇用慣行の違い」がそのひとつの要因として挙げられます。
欧米諸国は職務型(ジョブ型)といわれる雇用慣行が主流で、職務記述書(ジョブディスクリプション)で定義された職務に人材をアサイン(採用・異動など)します。新しいプログラミング言語が出来るエンジニアや新技術(自動運転など)を用いた市場開拓ができる人材に雇用需要が発生するなど、求職者の労働市場で求められる職務能力は刻一刻と変化します。
そのため求職者は労働市場で求められる職務能力(スキル)を得るためにキャリアアップを図ったり、転職することが一般的で、人材が自ら変化し続ける環境に身を置くことが当たり前とされています。
一方、日本は職能型(メンバーシップ型)と呼ばれ、「終身雇用」や「年功賃金」などの特徴があります。まず人材を採用してから、その人の特性を見つつ仕事を割り当てる傾向にあります。また長期雇用を前提とし、企業の中で長い時間をかけて横並びでのキャリア育成を行う(ジョブローテーション)特徴もあり、急激な職務変化への対応が難しいなど、雇用慣行が異なる欧米諸国と全くおなじ方法を取り入れるのは困難であるといえます。
日本企業がこれらの理論を活用する際には、まず自社の文化や企業構造を十分に考慮したうえで実践していくことが非常に重要となってくるでしょう。
まとめ
「VUCA」時代は、従来まで当然だった環境や事柄が、急激に変化しますし、それが社会に大きな影響を与えます。その中で変わる(変革する)事は、未知の事に取り掛かる大変な事と捉えていた方もいらっしゃるかもしれません。確かに「変革」の影響規模が大きくなればなるほど、解決しなければならない要件も増えていきますが、本コラムでご紹介した「チェンジマネジメント」の考え方や手法などが、少しでも皆さまの手助けとなれば幸いです。
<執筆>
HR Trend Lab研究員(チェンジマネジメント):唐、長田