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声かけが生む職場の協働性

2022年11月17日更新


企業だけでなく、介護や看護、教育の現場では、良好な人間関係の構築、コミュニケーションの方法として「勇気づけ」の考えに基づく声かけの重要性が示されています(中村・塩見・高田2010、富永・中西2020、津村・鯖戸2013)。

「勇気づけ」とは、アルフレッド・アドラーによって提唱された心理学のことです。アドラー(1870~1939)は、オーストラリア出身の精神科医・心理学者で、彼によって提唱された「勇気づけ」の心理学は、現代社会においてもコーチングや心理学、カウンセリングなどのさまざまな現場で取り入れられています。

本コラムでは、職場での良好な人間関係の構築のヒントをアドラー心理学による「勇気づけ」から抽出したいと思います。こうしたコミュニケーション方法によって職場でどのような効果があると考えられているのか、まずは先行研究から知見を得てみましょう。

目次 【表示】

職場環境の協働性の向上に向けて

 なぜ、「勇気づけ」の心理学に基づく声かけが重要なのでしょうか。一つには、職場関係の改善によって離職をとどめようとする背景があります。厚生労働省によると、令和2年度における新規学卒就職者の就職後3年以内離職率は、例年に比べ低下したことが発表されました(厚生労働省2021)。たとえば、中卒で55%(4.8ポイント低下)、高校卒業で36.9%(2.6ポイント低下)、短大などで41.4%(1.6ポイント低下)、大学卒業で31.2%(1.6ポイント低下)となっています。

前年よりは離職率の割合が低下し、職業分野や事業所の規模によって離職率は異なるものの、いまだに高卒で約4割、大卒で約3割の新規就職者が離職しています。職場環境の改善策の一つとして、社員間の効果的な声かけや共同体感覚の涵養(かんよう) によって離職をとどめようとする試みは多くあります。

職場環境における効果的な声かけが離職を留めるという先行研究において、中村ら(2010)は、社員同士がともに協働の関係性を構築するためには、課題の相互依存性と信頼感を高めることが重要だと言及しています。中村らによると、協働は「ともに作業して働くこと」としています。

すなわち、協働とは多様な課題(つまり業務)をもった社員同士が、目的の大同小異を越えてともに働くことを指しているといえます。コミュニケーションによる相互の交流を意識しながら、相互依存性や共同体意識を高めることで協働性を備えることができるということです。

 人間関係において相互に声かけをしてコミュニケーションを促すことは、企業における職場環境だけに限らず、教育や介護の現場でも重視されています。たとえば教育現場では、アドラー心理学の「共同体感覚」に着目して、クラス会議を通じて共同体感覚を高めることで、学級満足度も向上することが明らかにされました(木下・赤坂2020)。

また、介護や看護の職場で相手に対してもてなす気持ちを持つためには、介護師や看護師同士が状況や場面に応じて相互に寄り添う声かけをすることの重要性が示されました(津村・鯖戸2013、富永・中西2020)。このように、多様な人々が集積する場で物事に取り組む際には、相互にコミュニケーションをとって良好な人間関係を構築することが肝要であるといえます。

アドラーに学ぶ勇気づけ

 本コラムで着目するアドラー心理学では、「勇気づけ」が重要な考えと言われています。「勇気づけ」の意味は、「困難を克服する活力を与えること」(遠藤2017)、「単にほめる、励ますことではなく、その人が自分の力を信じ、さまざまな問題や課題に立ち向かえるように一歩踏み出せるように援助すること」(加倉井2020)などと言われています。つまり、課題や困難の解決に向かおうとする意志を備えるための行動、態度、スキルのことを指しています。

 勇気づけに必要な理論には、5つあるといわれています。すなわち、(1)自己決定性、(2)目的論、(3)全体論、(4)認知論、(5)対人関係論です。

(1) 自己決定性:人は主体的に自身の行動を決定することができる。
(2) 目的論:発言、行動、感情など人の行動には目的がある。その行動のきっかけとなる原因がある。その原因を考慮したうえで、次の目的に向かって行動する。
(3) 全体論:人は心とからだが結び付いた存在で、相互に補いあっている。
(4) 認知論:人は主観的に物事を捉えている。
(5) 対人関係論:人のすべての行動には相手役が存在する。人の行動や感情には相手がいて、その行動や感情ごとに目的がある。

 これらの理論を実践することで、「共同体感覚」を養成することができるといわれています。共同体感覚とは、職場や家族など複数の人が集まる場において、他者を思いやり協力するために行動することができる、他者への関心が高く貢献することができる、という意識と行動のことを指しています。相手を勇気づけるための思考、行動をとることで、共同体感覚がうまれ、良好な人間関係の構築につながると考えられているのです。

 では、勇気づけのための行動として、どのような声かけが考えられるのでしょうか。

効果的な声かけとは

 人の満足感に左右する考え方として、コップの半分に入っている水に対して「半分しか水がない」と思うか「半分も水がある」と思うかによって、捉え方が変わるとよく言われます。これは、上記のアドラー心理学でいうところの認知論にかかわり、「半分しか水がない」と「半分も水がある」と考えるのとで、その次の行動や意識に影響を与えるということにつながります。「半分も水がある」と考えてその状況を肯定的に捉えることで、自分自身を勇気づけることができ、それが他者との対人関係においても良い影響を与えていくとされています。

職場や家庭など、複数の人が集まる場において、私たちは相互に影響を与え合って、ある目的に向かって行動します。それぞれが共同体意識をもって行動できるようになるためには、お互いに「勇気づけ」を意識して声かけすることが肝要になります。その際、認知論でいう「人は主観的に物事を捉えている」ことから、自分以外の人は異なる考えや価値観をもっているという認識を備えることが重要です。では、それぞれが主観的に物事を捉える環境において、良好な人間関係を維持したまま、いかに自分の気持ちを伝えたらよいのでしょうか。

効果的な方法の一つとして、「アイ(私)ステイトメント」による伝え方が挙げられます。「アイ(私)ステイトメント」は、異文化コミュニケーションや異文化理解などの分野でもよく取り上げられます。相手を否定することなく、自分の考えを伝えて共感を示したうえで新たな提案を伝える方法です。たとえば、早く作成してほしい報告書があったのにまだ取り組んでいない部下に対して、どのように声かけをすればいいでしょうか。

「なぜやっていないんだ!」と言いたくなる感情に伴う行動は、相手を否定することにつながり、相手との関係を悪化させてしまう恐れがあります。「アイ(私)ステイトメント」では、「この報告書は〇日に必要だから、確認や修正の日時を入れて二日前に仕上げてもらえるとうれしいな。もし他に抱えている作業があるようなら一緒に整理していこう。」などが考えられます。まずは自分の状況や気持ちを相手に伝え、共感を示したうえで、提案をする、といった方法が「アイ(私)ステイトメント」(*)です。

このほかにも良好な人間関係を維持するための声かけの方法については、多様にあります。もちろん、自分自身の置かれた状況や環境によって、声かけの際のトーンや伝え方が左右されることもあります。たとえば、非常に忙しいときに相手のミスが続いている、疲労がたまって集中力を保てずにイライラしているときに何気ない相手の行動が気になってしまう、などです。

こういうときに、アドラーによる「勇気づけ」の心理学から、自分の置かれている状況を捉えてみるのも一つの方法です。人の心と身体はつながっている(全体論)、自分の行動は相手との関係に成り立っている(対人関係論)という考えをもちつつも、いかにして目的に向かってともに進めばよいか(共同体感覚)。アドラー心理学や上記で示した先行研究からも、肯定的な言葉のやり取りは、共同体感覚を備えた職場環境の生成につながるということが明らかにされています。

アドラーによる勇気づけ心理学から学ぶことで、自身と他者を勇気づけ、よりよい職場環境や人間関係の構築、維持につなげることができるといえます。

(*)「アイ(私)ステートメント」は、アサーティブ・コミュニケーションによる手法の一つともいわれています。

【参考文献】
遠藤かおる著、岩井俊憲監修(2017)『図解 勇気の心理学 アドラー超入門』ディスカヴァー・トゥエンティワン。
加倉井さおり(2020)『心に響く!行動を促す!勇気づけ保健指導&健康教育ハンドブック 「健やかで幸せな人生」を支えるマインドとスキル』とみにん。
木下将志・赤坂真二(2020)「アドラー心理学に基づくクラス会議に関する研究動向と今後の展望」『上越教育大学教職大学院研究紀要』第7巻、pp.13-30。
厚生労働省(2021)『プレスリリース 新規学卒就職者の離職状況』(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00004.html)
(最終確認2022年9月26日)
津村俊充、鯖戸善弘(2013)「実習「たかが声かけ されど声かけ」 : より実践的なホスピタリティ・マインドの体験学習」『人間関係研究』南山大学、Vol.12、pp. 124-134。
中村和彦・塩見康史・高木譲(2010)「職場における協働の創生-その理論と実践-」『人間関係研究』南山大学人間関係研究センター紀要、Vol.9、pp.1-34。
野田俊作(2017)『勇気づけの方法』創元社。
富永真己・中西三春(2020)「職場のソーシャル・キャピタルに関わる介護施設の取り組みの実態:4施設の事例検討」摂南大学看護学研究, Vol.8, No.1,pp.27-35。

著者プロフィール武 寛子(たけ ひろこ)
(名古屋大学/日本学術振興会 特別研究員) 2010年 神戸大学大学院 国際協力研究科 博士後期課程修了(博士(学術)取得) 専門分野:比較教育学、高等教育学、多文化共生 博士後期課程ではスウェーデンと日本における中学校教師のグローバル・シティズンシップ教育観に関する比較研究を行う。博士号取得後は、高等教育機関に関心を移し、スウェーデンの大学における質保証枠組や学生の評価リテラシーに関する分析を行っている。また、国内の国立・私立大学において非常勤講師として、「人権」、「多文化共生」、「異文化理解」、「多文化社会における社会政策、教育政策」に関する科目を担当している。
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