「エンゲージメント」に関する調査結果について(会社員1200名対象・2019年実施)
この報告書では、株式会社マイナビ HR Trend Lab によって2019年に実施された会社員1200名を対象とした「エンゲージメント」調査(※1)の結果について概説する。
ワークエンゲージメントとはなにか?
報告を始める前に、HR Trend Labにおいて調査された「エンゲージメント」の土台となっている「ワークエンゲージメント」について解説する。
ワークエンゲージメントとはユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ によって提唱された。そもそもシャウフェリは「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の研究者であったが、バーンアウト予備軍として注目していた「ワーカホリック」状態にある人々の中に、どうにもおかしな人々がいることに気づいた。
ワーカホリックとは、「働かなければならない」という強迫観念に支配され、他の人々よりも多くの仕事量をこなすが、ある日、ぷつっと糸が切れたようにバーンアウトに陥ってしまう危険のある人々のことである。
ところがシャウフェリが調査を進めていく中で、こうしたバーンアウト予備軍であるワーカホリック状態と同じくらいの仕事量をこなしているにも関わらず、日々活力がみなぎり、仕事を遂行すればするほどポジティブになっていく群がいることに気づいた。こうした人々の状態をシャウフェリは「ワークエンゲージメント」と名付けたのである。
こうした背景から、シャウフェリは働く人々の状態を「仕事への認知」と「活動量」の2つの軸をもとに4つの状態に分類した(図1参照)。
ワーカホリックとは「仕事への認知」において働かなければならないという受動的な感覚に支配されており、実際にどれだけ働いているかの指標である「活動量」も非常に大きくなっている状態である。
バーンアウトは働かなければならないという受動的な「仕事への認知」に支配されているが、もはや「活動量」を上げることもできなくなってしまっている状態。
リラックスとは、働きたいという能動的な「仕事への認知」を持ってはいるが、「活動量」は大きくない状態で、ワークエンゲージメントとは能動的な「仕事への認知」つまり働きたいという考えを持ち、それを実行している「活動量」が大きい状態を示す。
HR Trend Lab 調査の目的
ワークエンゲージメントは活力(仕事から活力を得ていきいきとしている状態)・熱意(仕事に誇りとやりがいを感じている状態)・没頭(仕事に熱心に取り組んでいる状態)の3要素によって構成されると言われ、個人のワークエンゲージメントの多寡については現在、ユトレヒトワークエンゲージメント尺度(UWES: Utrecht Work Engagement Scale)(※2)と呼ばれる項目によって測定できる。
ただし、UWESでは、現在のワークエンゲージメントの状態については明らかにできるが、図1のような、ワークエンゲージメント以外の状態のいずれに当てはまるのかについては分からない。企業においてワークエンゲージメント状態にある従業員を増大させようと考えた場合、ワークエンゲージメントにあるかどうかだけを判別するだけでは不十分であろうと考えられる。
図1の例で考えると、ワークエンゲージメントにない状態の人が検出された場合、この個人はワーカホリック・バーンアウト・リラックスの3つの状態のいずれかであると考えられる。これらの個人をワークエンゲージメントの状態に転換することを考えた場合、それぞれに方略が異なると考えられる。たとえば、ワーカホリックの状態にある人にとってはバーンアウトに陥らないための防衛策が重要であるが、既にバーンアウトになってしまった人にとって防衛策は意味がないと言える。
現在のワークエンゲージメントの状態だけでなく、どのような方略によって個人をワークエンゲージメントの状態へ転換させることができ、かつとどめることができるかを明らかにすることが必要である。こうした観点から、より包括的に個人の状態を明らかにすることがHR Trend Labで行われた調査の一つ目の目的であると言える。
このためにHR Trend Lab では既存のUWESと相関の確認ができるエンゲージメント尺度の他に、もう一つの軸としてディスエンゲージメントという、心身の負の状態を測定できるような尺度(※3)を開発し、より包括的なワークエンゲージメントおよびその他の状態(以下、エンゲージメント状態と表現する)の判定を試みた。
ワークエンゲージメントの増大を目指して
本調査のもう一つの狙いとして、対象者のエンゲージメント状態がなにによってもたらされたのかという原因を明らかにする点がある。調査では、上司との関係や会社の環境といった外的要因に加えて、個人の特性(性格や行動など)などさまざまな要因とエンゲージメント状態との関係性を推測することができる。これにより、調査された企業のそれぞれの特色から、エンゲージメントという観点における強みとリスクを明らかにすることができ、また対策もしやすくなるであろうと考えられる。
一例として、調査結果から、ワークエンゲージメントが高いことは離職防止など会社によい影響をもたらすと言われているが、今回の調査でもエンゲージメントが高い人ほど幸福感が増し、離職欲求が低減することが明らかになった。
ではこうしたエンゲージメントはなにによって増大するのか。今回の調査ではもっともエンゲージメントに強い影響をもたらしているのは、上司による部下のマネジメントであった(他にも複数の要因が影響を及ぼしていたが、ここでは省く)。では部下のマネジメントとはなにによって上昇するのか(マニュアルを作ればいいのか、それとも別のなにかか。実際の調査からわかった要因でもっとも強かったのは、マニュアル化や仕組みづくりではなく、職場の風土であった)。
こうしたエンゲージメントを増強するための原因を一層ではなく、多層的に調査しているのも今回の調査の特徴である。
HR Trend Lab 調査結果概要
HR Trend Lab調査によって明らかにされた結果について、そのうちの一部を図2-1に一覧にして示し解説する。
図2-1において、黒線で囲われた名称は、下位の項目をまとめた上位概念を示したものである(図で示した他に複数の上位概念が調査されているが、図2-1には示さず省いている)。黒線は「増加」の効果があることを示し、赤線は「低下」の効果があることを示している(注:黒線は増加を意味しているが、エンゲージメントなどに黒線が引かれている場合には良い影響があることを示しているのに対して、ディスエンゲージメントや離職欲求などのマイナスの概念に黒線が引かれている場合には悪い影響を及ぼしていることを示す)。
図2-1の左から見てみると、職場の雰囲気がよいことは適切な業務設計や上司との関係を良好にすることがわかる。これに対して、労働の環境がよいことは適切な仕事感や適切な業務設計を向上させることを示している。1番目と2番目の層の上位概念については、図2-2にて詳しい説明を加えている。
次いで、図2-1左から2番目の層を解説すると、適切な仕事感や上司との関係の良好性はエンゲージメントを上げて、ディスエンゲージメントを引き下げる効果がある。つまり、労働者が適切な仕事感を抱いていることや、上司と良好な関係を持っていることは、ワークエンゲージメントにおいて、いいこと尽くしであることを示している。
これに対して、適切な業務設計はエンゲージメントを引き上げるのだが、同時にディスエンゲージメントも引き上げている。適切な業務設計は、労働者にとって、ポジティブ・ネガティブな両面を持っていることを示している。
最後に、3番目の層について解説する。エンゲージメントが高いことは、労働者の幸福度(仕事を含めた人生全体への幸福感)を上げ、離職欲求(離職したいという気持ち)を引き下げた。これに対して、ディスエンゲージメントが高いことは労働者離職欲求を引き上げた。つまり労働者においては、エンゲージメントを上げ、ディスエンゲージメントを下げることが、長期の安定した労働につながるということがわかった。
HR Trend Lab 2019年実施の「エンゲージメント」に関する調査まとめ
2019年エンゲージメントに関する実施調査について以下のようにまとめる。
エンゲージメント測定尺度
エンゲージメント:働きがいや会社への愛着感、成長感などエンゲージメントに対してポジティブな状態を測るUWESとの相関が確認できる尺度
ディスエンゲージメント:不満や疲れなどエンゲージメント状態が悪くなる可能性がある状態を測る尺度
調査目的
・対象者のエンゲージメント状態を明らかにすること
・対象者のエンゲージメント状態の原因を明らかにすること
調査結果
・職場の雰囲気がよいことは適切な業務設計や上司と部下との関係を良好にする
・労働の環境が良いことは適切な仕事感や適切な業務設計を向上させる
・適切な仕事感や上司と部下との関係の良好性はエンゲージメントを引き上げ、ディスエンゲージメントを引き下げる
・適切な業務設計はエンゲージメントを引き上げるが、同時にディスエンゲージメントも引き上げる
・エンゲージメントが高いことは労働者の幸福度を上げ、離職欲求を引き下げる
※1 HR Trend Lab「エンゲージメント」に関する調査
実施時期:2019年7月 / 対象人数:1200名 / 対象年齢:15歳以上
※2 ユトレヒトワークエンゲージメント尺度(UWES: Utrecht Work Engagement Scale)
仕事に積極的に向かい活力を得ている状態を評価する尺度。「活力」「熱意」「没頭」といった下位因子を質問から測定する
※3 HR Trend Lab 2019年実施調査のエンゲージメント測定尺度
エンゲージメント:働きがいや会社への愛着感、成長感などエンゲージメントに対してポジティブな状態を測るUWESとの相関が確認できる尺度
ディスエンゲージメント:不満や疲れなどエンゲージメント状態が悪くなる可能性がある状態を測る尺度
=Profile=
城戸 楓(東京大学 特任助教)
1981年生まれ。大阪府出身。平成21年大阪府立大学 人間社会学研究科 博士前期課程(心理臨床コース)修了。平成27年大阪府立大学 人間社会学研究科 博士後期課程修了(学位:人間科学 博士号)。博士前期課程において臨床心理学を学び、また精神保健福祉士の資格を有していたことから、博士後期課程を修了するまで精神科領域での救急医療に携わる。博士後期課程に進んだのちは心理教育を学び、心理実験やデータサイエンスなどの分野を修める。現在では複数の企業、NPO法人の活動について心理実験やデータ分析を用いた効果検証、改善案の提案などをおこなっている。