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人材育成・人材マネジメントが個別化していく時代~これからの「組織開発」で何を重視すべきなのか~

2021年09月22日更新


学習院大学 経済学部経営学科 教授 守島基博氏(左)
株式会社マイナビ 教育研修事業部 事業開発統括部 統括部長 土屋裕介(右)

働き方改革の進展、さらにはリモートワークやオンラインコミュニケーションの広がりにより、職場環境は急速に変化しています。そのため、新たな環境に適応した組織をいかにつくっていくかが、経営や人事の重要課題となっています。これから企業は、人材育成や人材マネジメントで何を重視し、組織開発をどう考えるべきなのか。人材論・人材マネジメント論の第一人者である学習院大学経済学部教授の守島基博氏に、株式会社マイナビ教育研修事業部 事業開発統括部 統括部長の土屋裕介が聞きました。

目次 【表示】

従来型のOJTが機能しなくなっている

土屋:まず、人材育成についてお聞きしたいと思います。コロナ禍の影響で、リモートワークやオンラインでのコミュニケーションがあたりまえとなってきましたが、どういう点に注意して育成を進めるべきでしょうか。

守島氏:日本企業における人材育成はOJTをはじめ、新卒採用を起点とした「現場での育成」に重点を置いてきました。OJTでは、メンターが対面で指導することが原則です。しかし、オンラインやリモートでは、それぞれが別の環境で離れて仕事をすることになるので、それが難しい。今後はOJTのかわりになるものを用意するか、進化した新たなOJTをつくりあげることが大きな課題になってくるでしょう。

土屋:オンラインやリモートだと、スキルの育成だけでなく、新人を組織社会化させていく上でも、難しい面があるように思います。

守島氏:新人育成において価値観を共有し、組織社会化していくことはとても重要です。これまでは、職場の先輩や同僚との日常的なコミュニケーションの中で、会社が何を大切にしているのか、従業員としてどういう行動をとればいいのかといったことを覚えていきました。それがリモートやオンラインになると、コミュニケーション機会が限定的になり薄れてしまうという懸念はたしかにあります。

ただ、海外企業などでは、そういった価値観共有を日常的なコミュニケーションに頼るのではなく、すでにオンラインの教育プログラムや、トップが週に一度全社員にオンライン会議システムを通じてメッセージを発信することなどにシフトしています。日本企業でも、You Tubeなどを含め、進化しつつあるメディアや媒体など、何らかの代替手段を使って行うことは可能でしょう。

土屋:新たなことを始める際にトップのコミットメントは重要ですが、日本のリーダーは、価値観共有につながるようなメッセージの発信があまりうまくない印象があります。

守島氏:海外のリーダーのように、大勢の聴衆やカメラの前でスピーチする訓練を受けてきた人が少ないので、どうしてもそうなるのでしょう。しかし、普段のメンバーとの接し方などを思い出してみてください。例えば居酒屋での「飲みニケーション」や、部門の会議で重要事項を話し合う際などでは、しっかりと自分の思いや考えを伝えることができるリーダーは多い。そういう資質を活用していいのです。そうすれば、これからは海外経験のある人材でなくとも、きちんと自分の言葉でメッセージを発信できる新しい世代のリーダーも増えてくると思います。

土屋:守島先生は著書の中で「ミドルマネジャーが会社の魅力を伝える場面が減ってきている」と指摘されています。今、ミドルマネジャーは若手の育成においてどんな役割を果たすべきなのでしょうか。

守島氏:昔のミドルマネジャーは良い意味で偉ぶっていて、部下に対して「仕事がどんなに楽しいものか教えてやろう」というスタンスでした。飲み会をはじめ、そのためのコミュニケーションの機会もたくさんありました。自分の体験を語ることで、仕事のおもしろさを若手に伝えていったわけです。

しかし、昨今はそういった機会が減ってきていることに加えて、日本企業が大きなチャレンジをしなくなっており、語るべき「物語」そのものが少なくなっています。トップも利益率やコストダウンなど、お金にまつわる小粒な話ばかりしがちです。もちろん重要なことですが、それだけでは企業や仕事の魅力を伝えるストーリーにはなりません。

たとえ大きなものではなくても、ミドルマネジャーは職場の中から小さなストーリー、小さな成功物語をみつけて部下に語るべきだし、企業もそれができる場を積極的に設けて後押ししていってほしい。「自慢話をする先輩」と思われたくなくて遠慮しているマネジャーも多いようですが、もっと話すべきだと思います。

土屋:現在は居酒屋のようなインフォーマルな場が制限されています。人事がフォーマルな場を設けるようにサポートした方がいいかもしれませんね。

守島氏:そうですね。ただし、同じ話でもフォーマルな場で聞くととたんにつまらなくなるので、工夫が必要でしょう。たとえば、組織開発の重要なメカニズムである運動会。本来は楽しいはずなのに、会社が主催したものは楽しくなかった、と感じている人も多いのではないでしょうか。社員旅行なども同様で、一時ずいぶん下火になりました。

ではどうすればいいかというと、従業員が本当にやりたいと思っていることをキャッチし、活かしていくことがポイントです。若手の意向をできるだけくみとって、プログラムをつくる。可能なら、若手に企画してもらうといいでしょう。

土屋:権限移譲が大切ということですね。

守島氏:そうですね。現場の人たちがより主体的に動くことで組織は活性化します。サイボウズや楽天のように部活動が非常に盛んな企業がありますが、企業側は、支援はしますが、主導するわけではありません。従業員がやりたいと言い出し、企業が一部金銭的補助を行うなどしてフォーマライズしてきました。従来の組織開発は経営主導で、基本的に企業の論理で進めていました。しかし、これからは現場の声を重視した対応も必要だと思います。

組織開発のポイントは「若手」と「ミドルマネジャー」

土屋:企業には新人、若手、中堅、シニアとさまざまな階層があります。組織開発を進めるにあたって、特に注目すべき階層はどこだとお考えでしょうか。

守島氏:組織開発のターゲットは、大きく分けて二つあります。一つは「若手」です。以前はオフィスに出社し、すぐ近くに先輩や上司がいることが当たり前でした。しかし、現在はリモートワークが普及し、先輩や上司と関わるのがモニターごしになってしまった。誰かと一緒に仕事をする経験が少なくなると、心が組織から離れていくことになりかねません。それをもう一度組織に取り込まないといけない。日本企業の強さは、メンバーそれぞれがその力を十分に発揮しつつ、組織として協働していることなのですから。ここでも重要なのは、若手の「やってみたい」という自律性をできるだけ活かすことです。

もう一つは「ミドルマネジャー」。現在の職場にはさまざまな属性の人材が存在し、ミドルマネジャーには多様な人たちをマネジメントすることが求められています。しかし、社長や役員クラスが育ってきた時代とは環境がまったく変わっているので、先輩たちと同じやり方をしているようでは、組織をマネジメントしていくことは難しい。そのため、これまでのモデルをいったん否定して、自分なりの方向性を考えなくてはいけません。

ここで私が注目しているのが、「オーセンティックリーダー」という考え方です。自分らしいリーダー像、自分らしいマネジメントをつくっていくべきだという新しいリーダー論。かつてのみんなを引っ張っていく強いリーダーではなく、メンバーに真摯に向き合い、信念を持ってリードしていくリーダーが求められているのではないでしょうか。

土屋:私も30名ほどの組織の長として、オーセンティックリーダーは意識していますが、いざ実践するとなると、そう簡単ではないとも感じています。ミドルマネジャーが自分らしいリーダー像を打ち出しやすい環境をつくるのは人事の仕事だと思いますが、具体的にどんな取り組みが効果的なのでしょうか。

守島氏:まず重要なのは、さまざまなリーダー像を見せること。組織はどうしても、成果をあげているリーダーばかりにフォーカスしがちです。しかし、それだけではなく、こんなスタイルでチームを率いているリーダーもいるよといった情報を企業内でもっと共有し、モデルを増やしていくことが大事です。

土屋:ミドルマネジャーとしては、人事がフォロワーを育成してくれると非常に助かると思います。

守島氏:この30年くらい、日本企業はリーダー教育に傾斜するあまり、リーダーさえしっかりしていれば組織は大丈夫、という意識が強くなりすぎていたと思います。しかし、リーダーが何でも一人でできるわけではありません。自律的に動いてくれるメンバーの存在がとても重要です。

かつての日本型組織には部長代理など、いろいろな肩書でリーダーを支える二番手、三番手がいました。しかしバブル崩壊からリーマン・ショックと人員が減らされる中で、そのような存在がいなくなってしまいました。そういう意味でも、次世代リーダーと同様に、人事がフォロワーを意識的に育成することは大事だと思います。

土屋:二番手、三番手がいないことで、どうしてもリーダーに業務が集中してしまうという問題も指摘されています。人事は現場の業務アサインにもある程度関わって、そうした問題の発生を防いでいくべきでしょうか。

守島氏:現場の具体的な業務アサインにまで人事が踏み込むのは、おそらく難しいでしょう。ただ、仕事を誰かにアサインする際に、二番手の人にまかせることも一度検討してもらえないか、育成という観点を含んだ仕事の割り振りができないか、といったメッセージを人事は現場のリーダーに向けて出していくべきだと思います。

土屋:いわゆるタレントマネジメントの考えですね。

守島氏:その通りです。トップの優秀な人材だけを育てるのではなく、今後はみんなを底上げしていけるように導いていくことが重要です。ここは欧米との大きな違いでしょう。極論すれば、欧米は優秀な人だけが生き残ればいい、という発想です。人材市場が活性化していて、労働市場から即戦力をどんどん採用でき、取り換えがきくからです。

しかし、日本では、今いる限られた人材を活用しながら成果につなげていくことが必要です。「今いるメンバーでいかに戦うか」が鍵となります。そのため、日本企業ではこれからも新卒採用がとても重要でしょう。能力が高いだけでなく、意識や考え方、価値観までもフィットする人材を採用できてはじめて、全員を底上げして戦力化していく日本的な組織開発が可能になります。

専門性やキャリアは「個人が自分で選ぶ」時代

土屋:多様な社会の要請に対応できる人材、イノベーションを生み出せる人材など、高度人材育成の必要性が強調されています。企業は従業員に対して、どこまで教育の機会を与えるべきなのでしょうか。

守島氏:これからの人材育成は「個別選択」の時代になります。従業員一人ひとりが自分に必要な専門性やキャリアを考えて選んでいく。そのために企業が提供すべきなのは、働く人たちが自由に選択できるメニューです。その充実度によって、優秀な人材を採用できるかどうかも変わってきます。実際、私がコロナ禍の直前にアメリカで行った調査では、どの企業も選択肢を大変充実させていました。

土屋:自分で選ぶことになると、学ぶ人と学ばない人の差が激しくなるのではないでしょうか。

守島氏:成果を基準とした厳しい評価も同時に入れていくので、学ばない人は置いていかれることになるでしょう。これからの時代にもっとも重要なコンピテンシーは「学ぶ力」です。今までの専門スキルが使えなくなったときに、自分をどう変えていけるかが大切になるからです。企業としても、従業員のリスキリング(Reskilling)は、重要な人材戦略として考える必要があります。

土屋:リスキリング(Reskilling)で難しいのは、従業員になぜ学び直しの必要があるのかを理解してもらうことだと思います。学びに向かわせる効果的な方法はあるのでしょうか。

守島氏:人事としてできるのは、従業員自身に仕事を選んでもらうこと。こういう仕事が重要だという情報提供と、それを選ばせる仕組みづくりです。これまでの配置は基本的に企業主導でしたが、従業員自身が手をあげて移れるようにするわけです。それができれば、新しい仕事にはどんなスキルが必要かを従業員が主体的に考えるようになります。

土屋:実際に大手企業や外資系企業では、社内フリーエージェント制度のような形で異動できる企業も数多くあります。一方、中堅・中小企業では、仕事も働き方も大手ほど選択肢を用意できないのが現実です。

守島氏:たしかに中小企業には、手厚いベネフィットを提供できるリソースがあまりありません。しかし、「生きやすい環境」を提供することは可能でしょう。たとえば、子育て中の女性従業員が昼休みにいったん自宅に戻って子どもの食事の用意をするといったことなど。

システムで管理するのではなく、人がもともと持っているコミュニケーションやネットワークのつながりを生かして、一人ひとりをきちんとマネジメントしていれば、その場にいなかったとしても、決してさぼっているわけではないと判断できます。そういうヒューマンタッチを利用し、会社を魅力的にしていくことは可能だと思います。

例えばサイボウズは規模的には中堅ですが、一人ひとりが働き方を選べる仕組みをつくっています。企業と働く人の信頼関係がうまくできているからでしょう。

土屋:たしかにサイボウズを見ていると、リーダーの意思決定しだいで柔軟に対応できることを痛感させられます。

守島氏:どこでもその気になればできることだと思います。これからの組織論で重要なのは、システムにあてはめるのではなく、いろいろな価値観、考え方、ライフスタイルの人たちをどう組織にまとめあげるか、ということです。

「組織開発」から「組織力開発」へ

土屋:市場や周辺環境が変化する中で、企業の人材マネジメントは今後どういう方向に変わっていくべきだとお考えでしょうか。

守島氏:人材マネジメントも、個人にあわせたカスタマイズが重要です。どういう仕事を割りあて、どのように評価し、どんな教育を与えていくのか。それを一人ひとりに対して行うマネジメントになっていくでしょう。大変そうですが、これからは労働人口が減り、多くの企業でも人が減っていくので、管理する対象者は少なくなっていきます。また、効率的な個別マネジメントを支援するHRテクノロジーも出てきています。今後は雇用契約も、個別にカスタマイズしていくようになるのではないでしょうか。

土屋:個別化は必然だと思いますが、テクノロジーを使っても管理コストは上昇しますし、個人情報管理などコンプライアンスにまつわる問題もあります。個別化を進めるにあたって、人事が注意すべきポイントは何でしょうか。

守島氏:個人のニーズや価値観、キャリア意識など尊重することに尽きます。現在の組織は、構成する人材の雇用形態がさまざまで、価値観や考え方も多様化しています。企業の論理よりも個人の価値観を優先する人が増えていることを十分に理解して尊重していかないと、人材を戦力化できません。

人事の最終目的は制度をつくることではなく、それを活用して組織の力を高めることです。そのためにも、一人ひとりをしっかりと見ることがより重要になってくると思います。すでに従業員が働く場所を主体的に選ぶ時代になっています。その基準は給与だけではありません。経験できる仕事、自己成長、将来の専門性など多岐にわたります。

土屋:あらためて、今後の日本企業が向かうべき組織開発の方向性についてお聞かせいただけますでしょうか。

守島氏:従来の日本企業の組織開発は、人と人のつながりやまとまり、コミュニケーションを重視したものでした。しかし近年は、それらによって生み出される組織としての強み、つまり「組織力」こそが重要だと考えられるようになってきました。「他社に負けない強みを生む力」をどう開発するか。それがこれからの組織開発のポイントといえます。人材開発も、個人がどう育ったかより、それを通じて組織力がどこまで高まったかで評価されるようになっていくでしょう。

土屋:組織力を高めるためには、ビジョンやパーパスを共有する「同質化」も重要な視点だと思いますが、守島先生は、同質化と現代に求められる多様性は決して対立するものではない、と指摘されていますね。

守島氏:たしかにダイバーシティ&インクルージョンは、現代においてますます重要になっています。ただし多様な人がいるだけでは、コストでしかありません。インクルージョンを実現するためには、一人ひとりがはっきりと自分の意見を表明できる環境があることが重要です。それはビジョンやパーパスをいったん同質化した上で、はじめて可能になることだと思います。

ビジョンやパーパスに賛同できない人は、そもそも入ってこなくていい。では、いったん入ったらすべて組織に従わないといけないのかというと、決してそうではありません。ビジョンやパーパスを共有していることを前提にいろいろな意見を言ってもいい、ということです。それが組織の本来あるべき姿だと思います。

組織の枠にあてはめることが組織開発だと長く思われてきたので、個別化とは対立するイメージで捉えられることがたまにあります。しかし、決してそうではありません。個別の人材を生かし、戦力化できない人を生まないようにすることが、これからの日本の組織開発の重要なポイントです。ただ、それは昨今注目されている「ジョブ型」の雇用制度をつくればできるというほど単純なものではありません。仕事の明確化はもちろん、評価や育成も個別にやらなければ意味がないからです。そこまで行うことで、日本企業は世界で戦っていくことができるでしょう。

土屋:お話をうかがって、人事は個別の人材マネジメントに心を砕くべきであること、リモートワークの時代にはこれまでと同じ組織開発では通用しないことが理解できました。私自身も「同質化」と「多様性」両方の観点を意識しながら組織力開発に取り組みたいと思います。

本日は、人材育成や人材マネジメント、組織開発に携わる皆さまにとって大変参考になるお話をありがとうございました。

<プロフィール>
守島 基博
学習院大学経済学部経営学科 教授
人材論・人材マネジメント論専攻。86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程でPh.D.を取得後、サイモン・フレーザー大学(カナダ)経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。
著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発(近刊)』(全て日本経済新聞出版本部)などがある。

土屋 裕介
株式会社マイナビ 教育研修事業部 事業開発統括部 統括部長/HR Trend Lab所長
大学卒業後、企画営業として研修やアセスメントセンターなどを多数導入。2013年に株式会社マイナビ入社。マイナビ研修サービスの商品開発責任者として「ムビケーション研修シリーズ」「各種アセスメント」「タレントマネジメントシステムcrexta」など人材開発・組織開発をサポートする商材の開発に従事。10年以上にわたり一貫してHR領域に携わる。
主な著書に『タレントマネジメント入門~個を活かす人事戦略と仕組みづくり~』(ProFuture)、『楽しくない仕事は、なぜ楽しくないのか~エンゲージメントで“働く”を科学する』(プレジデント社)など。

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