「若手の定着を考える(後編)」―MBO・OKR・360度評価をどう活かすか

前編では、マイナビ総合研究所推進室がこれまで取り組んできた「組織定着」や「オンボーディング」に関する研究の知見を踏まえ、若手人材不足という社会的背景のもとで、組織社会化やリアリティ・ショック、Z世代の特徴、そして入社初期における目標・評価設計の重要性について整理しました。
そこから見えてきたのは、若手の早期離職や定着の難しさが、個人の意識や世代特性だけで説明できるものではなく、企業側の制度設計や運用、とりわけ「評価」に影響されているということです。では、こうした課題に対して、企業はどのような人事評価制度を選択し、どのように活用していけばよいのでしょうか。
本記事(後編)では、MBO、OKR、360度評価といった代表的な評価制度を取り上げ、それぞれの特徴と留意点を整理します。あわせて、制度そのもの以上に、運用を担う「評価者の在り方」が若手の成長と定着を左右することに焦点を当て、成果と育成を両立させるための視点を考えていきたいと思います。
1.若手定着の視点から見た評価制度の選択肢
①MBO(Management by Objectives and Self-Control)の導入と限界
MBOとは1954年、『現代の経営』(Drucker)によって提唱されたマネジメント概念であり、Locke & Latham(1990)による目標設定理論(Goal Setting Theory)において正しいことが理論的に支持されています。典型的なフローは以下の通りです。

MBOでは目標を「頑張れば達成できるもの」であり「達成不可能なもの」ではないように設定するため、今井(2025)が指摘するような、「過剰に目標が高いことによって引き起こされるRS」(理想と現実のギャップによるショック)のリスクが抑制され、組織社会化の阻害が起こりにくいという側面があります。また梅崎修・西村純(2022)は新卒の定着と正の関連が確認できる施策の一つとしてMBOを提示しています。
なお、MBOにはフィードバックも制度に組み込まれており、上司の支援が前提となっています。尾形(2015)による研究の結果、適応タイプの若年就業者の職場は不適応タイプよりも上司、同僚、同期の全てからサポートを得られていることが報告されており、上司からのコミュニケーションが得られやすい制度運用は新人の組織社会化に適しているといえそうです。
さらに、Z世代の持つ特徴との親和性も高いと考えます。上司との対話を前提とした個別の目標設定はオーダーメイド型の育成・マネジメントを可能にし、制度として組み込まれた対話は承認の機会を多く生み出すのではないでしょうか。また、適度に高く設定された目標は、彼らの成長欲求を満たすものであると考えます。
労務行政研究所(2013)の調査によれば、2013年時点で日本企業の88.5%がMBOを導入していたことが報告されています(※目標達成度を評価に反映するかどうかにかかわらず、制度の有無として調査した結果)。一方で、同研究所調査によると、MBO(目標管理制度)に関して何らかの不満や問題を抱えている企業が98%にものぼる(労務行政研究所(2018))ことが示されており、制度の運用には大きな課題があるようです。
そもそも、DruckerはMBOを評価のためのシステムではなく、育成・マネジメントのシステムとして提唱しました。しかし、日本においては本来の役割を離れ評価制度として運用されており、これは篠田(2021)によっても、MBOが本来の想定を超えて、人事評価や勤務評定のような従業員個人の評価を行うことに力点が置かれたものとなっていったことが指摘されています。
一方で、評価的側面を備えたからといって、MBOが必ずしもその機能を失うわけではありません。千野(2025)は現代日本にて運用されているMBOを、理念的側面と運用的実態のずれを埋める試みとして示しており、陥りやすい課題点として「目標の認識の統一や柔軟な見直しが十分に行われない」「1on1が上手く機能しなくなる」「フィードバックが有効に機能しない」「評価基準や運用にばらつきが生じる」「MBOが形骸化する」の5点を挙げています。
評価におけるMBOの導入にあたっては、チャレンジングな目標が当たり前であるという空気感を醸成し、制度の理解を全社的に深め、目標設定を上司・部下の合意形成に基づいて丁寧に行い、期中も必要に応じて柔軟に見直すことが必要だといえるでしょう。
②目標設定におけるOKR(Objectives and Key Results)の活用
MBOには「挑戦的な目標が立てにくいという運用上の課題」が指摘されています。この課題を補い、MBOの哲学を継承しつつ、よりストレッチした目標を扱えるようにした仕組みにOKRがあります。この制度は米Intelで提唱され、Googleをはじめ多くの企業が採用し成果を上げていることから近年注目されている、目標設定・運用のフレームワークにおける概念です。典型的なフローとしては以下の通りです。

OKRは評価と切り離して運用されることが制度上の前提とされるため、先ほど指摘したMBOで生じた、育成システムが評価システムとして運用されてしまったことによる機能不全が起こりにくい仕組みとなっています。MBOとOKRの特徴の比較を簡潔にまとめます。

※図はマイナビ総合研究所にて整理・作成
篠田(2021)の研究において、MBOと比較してOKRは非常に簡素な仕組みであり、この簡素な現場主導的な仕組みが、経営環境が複雑化し、環境変化のスピードが上がり、情報量が増加し、情報処理技術が高度化した現代において、改めて注目を集めて成果を上げていることが指摘されています。
また、このOKRは、全社―チーム―個人の連鎖が公開されるため、新人が自らの貢献位置づけを素早く把握できます。この透明性は制度に対する納得感を高める機能を持ち、さらに、高頻度のコミュニケーションは、より一層の承認・フィードバック・上司による支援を提供し、新人の組織社会化を後押しします。加えて、達成率60〜70%を適正挑戦の目安とみなす文化は、新人の成長意欲を満たすうえで有効と考えられます。
一方でOKR導入においてはいくつかの注意点も想定されています。
まず、OKRは評価と切り離して運用することが望ましいとされています。篠田(2021)は、OKRが評価と連動してしまうことで挑戦的目標を抑制し得ると指摘しています。また、山口(2022)は、目標が押し付け課題に陥らないよう仕組みや狙いを繰り返し説明し、文脈に応じて調整する重要性を述べています。さらに、高頻度のコミュニケーションを重視するからこそ、被評価者だけでなく、評価者へのコミュニケーションの在り方への教育も必要になってくると考えます。
③360度評価がもたらす多面的な視点と注意点
MBOだけでは目標設定や評価に限界があると考えられ、OKRが評価と切り離された制度として注目されている現在、内閣官房 内閣人事局(2020)の資料において新たに導入が進んでいる人事評価手法として360度評価が挙げられています。そもそも360度評価とは文字どおり、上司、同僚、部下のような被評価者を取り巻く複数の関係者による評価を意味しています。
武脇(2016)の研究では、評価者ごとに観察する点・重視する点が異なる、匿名・非匿名によって評価の質が異なる、といった特徴が報告されています。武脇(2016)は、グループ・チーム労働の採用増加に伴い,相互依存的な仕事に対する各従業員の貢献や、従業員間の相互補助関係を正確に測定することが困難となってきたこと、さらに、階層的な組織構造の変化が生じ、監督者のコントロール範囲が拡大するにつれて、従来のような上司のみによる評価が不適当となってきたことを指摘しています。
また、朝日・大沢(2005)は、成果に対する公正な評価の実現が難しいため,各構成員は組織内での自分の位置づけに納得できず企業に対する愛着を持てなくなり、結果として潜在的に有能な構成員が流出し組織の競争力が期待に反して低下することも少なくないと指摘しています。構造の複雑化、公正な評価の実施の必要性に伴い、多様な視点からの評価で公平性を保つことができる360度評価が導入され始めたと考えられます。
360度評価を実施することで、上司だけでなく、それ以外のメンバーの視線が自然と新人に向かうため、多面的なフィードバック・サポートの実施による組織社会化の促進や、幅広いメンバーとの関係構築がなされる可能性があります。また、多面的な視点から新人を評価することで、その新人個々人にあった育成環境を作り出せる可能性も期待できるでしょう。
一方で、複数の論文によって、360度評価の導入にあたっての課題が指摘されています。例えば、松山・斎藤(2015)の研究では、360度評価における多面的な解釈の意義が示唆された一方で、システム導入に対する評価者からのネガティブな感情、一方的な指摘や欠点の指摘が散見されることが報告されました。髙橋(2022)の研究においても、同僚でライバル関係である相手を評価する場合、負のバイアスがかかる傾向があることを示しています。
360度評価の運用にあたっては、制度の趣旨説明を十分に行うとともに、評価者に対して記述方法やフィードバックのあり方に関する適切な教育が不可欠になります。また、下された評価にバイアスが生じうることを前提に組み込んだうえでの制度運用が、組織側に求められる場合もあるでしょう。
2.若手定着を左右する評価者の重要性
人材不足から若手人材の組織社会化が重視される現在、企業は、本人の業績成果だけでなく定着や育成を見据えた人事評価制度の在り方を考える必要があるように思います。これまで見てきた通り、従来の制度には成果偏重、透明性の不足、フィードバック機能の弱さといった課題が指摘されており、これらが若手の不安やリアリティ・ショックにつながりやすい側面もあると考えられます。
例に挙げた3つの制度を振り返ると、共通してみられるのは評価される新入社員側ではなく、評価者、つまり評価する側の在り方の重要性です。コミュニケーションやフィードバックを前提とした現在の評価制度は、単に数値を見て点数をつければいいといったものではありません。日々の観察を通じて被評価者の振る舞いを適切に捉え、成長と定着を促すための対話を積み重ねる姿勢が評価者には求められているといえるでしょう。
さらに、若者の定着が本人だけの問題では収まらない以上、企業という組織には評価者が適切な人事制度の運用を可能にするための、評価者への教育体制が求められるのだといえます。現在の社会情勢下においては、人事だけ・上司だけではなく、組織一丸となって若手の組織定着に向き合うことが必要だといえるでしょう。
参考文献・出典
Drucker, P. F. (1954)”The Practice of Management, HarperCollins.”(上田惇生訳『現代の経営』 ダイヤモンド社,2006).
Locke,E.A.andLatham,G.P.(1990)“ATheoryofGoalSettingandTaskPerformance”,EnglewoodCliffs,NJ:PrenticeHall.
今井良(2025)「組織社会化における段階的定着の重要性」
梅崎修・西村純(2022)「企業調査による人材定着率の新卒・中途比較―基礎的データの確認―」『WorksDiscussionPaper』第63号、pp.1-16.
尾形真実哉(2015)「若年就業者の組織適応と不適応を分ける要因に関する実証研究」『甲南経営研究』第56巻第2号、pp.57-92.
労務行政研究所(2013)「目標管理制度の実施状況と運用課題―導入企業に見る問題点、円滑な運用のためのポイント」『労政時報』第3853号、pp.41-64.
労務行政研究所(2018)「目標管理制度はどう運用されているか―組織目標の達成とともに、社員個人の成長、マネジメントを支援する制度の工夫」『労政時報』第3952号、pp.16-19.
篠田 朝也(2021)「〈論文〉管理手法からその運用方法への論点シフトに関する試論―OKRを素材として―」『經濟論叢』第194巻第4号,pp.113-126.
千野翔平(2025)「目標管理制度の現代的再検討:企業環境の変化に応じた類型化」『大阪大学経済学』75巻1・2号, pp.20–31.
山口裕(2022)「目標設定手法OKRの研究室への導入」『FD Annual Report』第12号, pp.22–31.
内閣官房 内閣人事局(2020)『民間における人事評価制度の目的・役割の変遷 人事評価の改善に向けた有識者検討会(第2回)配布資料』資料3-2.p5
武脇 誠(2016)「360度評価における同僚評価の研究」『東京経大学会誌(経営学)』第292号,pp.41-52.
朝日 秀眞・大澤 幸生(2005)「360度評価における自由回答・選択式回答の混合データからの人事評価尺度発見」『人工知能学会論文誌』第20巻第3号,pp.167-176.
松山太士・斎藤良太(2016)「目標管理を補足する360度フィードバック導入の効果と留意点について」『理学療法学 Supplement』43(Suppl.2), 1696. 日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合).
髙橋拓也(2022)「ライバルに対する評価バイアス―360度評価結果を用いた検証」『経済産業研究所ディスカッション・ペーパー 22-J-020』

















