1万人超の社員を動かしたNTT-MEのキャリアオーナーシップへの挑戦 大切なのは「社員の背中を押す」こと
株式会社NTT-ME 総務人事部 人事労働部門 人事担当 育成グループ
課長 高木佑斗さん(左)、チーフ 小西康太さん(中左)、チーフ 稲葉静香さん(中右)、前田尚暉さん(右)
キャリアオーナーシップという言葉をご存知でしょうか。これは、キャリアを「会社から与えられるもの」ではなく「自ら作っていくもの」と捉えるキャリア自律の考え方の1つです。
しかし、言葉にするのは簡単でも、実際に組織内でのキャリアオーナーシップを実現しようとすると、「制度の存在を浸透させること」や「異動希望と受け入れ可能部署との調整」など、さまざまな壁につきあたります。また、大きな組織では「一人ひとりのキャリア観の把握」や「制度理念の浸透」など、より難しい課題も。
今回は1万人超の社員を擁しながら、キャリアオーナーシップの実現に挑戦しているNTT-MEの事例をご紹介します。社員のキャリア観に変革をもたらすため、独自のマッチングの仕組みを構築しているという同社。その取り組みとは、いったいどのようなものなのでしょうか。
制度はある、しかし使われない…社員のキャリア観の変革に挑戦
—今日はよろしくお願いいたします。まず、御社でキャリアオーナーシップの実現に取り組まれた背景をお聞かせください。
高木佑斗さん(以下、高木):はい。当社はNTTグループの一員として、非常に幅広い事業に取り組んでいます。さまざまな場面・用途での通信はもちろん、農業、再生エネルギー、IoT/無線など、その拡がりは近年とくに顕著でした。
一方で社員には「ネットワーク部門に配属されたら、一生、ネットワークの仕事をすることになる」というような硬直化したキャリア観があったのも事実です。つまり、事業の拡大に社員の意識がついてこられなかった。それにより、キャリアの展望がひらけず、エンゲージメントやモチベーションが下がってしまう社員もいたのです。
しかし、実際にはプライベートでeスポーツの大会を主催していた社員が経営陣の目に留まり、一社員からNTT e-Sportsという新会社の立ち上げに起用されるなど、会社としては社員の希望にもとづいたキャリア形成を支援する文化があります。
小西康太さん(以下、小西):実際、「社内ダブルワーク制度」や「社内公募制度」といったキャリアオーナーシップに繋がる制度はすでに存在していました。
私たちが考えたのは、これらの制度をまずは知ってもらい、より使いやすくすることで、社員のキャリアオーナーシップ意識を伸ばすように後押しするという方向性です。
—それぞれ、具体的にどのような制度でしょうか?
小西:いずれも、社内からメンバーの受け入れが可能であるプロジェクトや部署が公募を出し、それらに対し社員が手を挙げて選考を受けた上で、通過すれば参画できる仕組みです。
その上で「社内ダブルワーク制度」は業務時間の20%を他のプロジェクトのために使える制度で、「社内公募制度」はNTTグループ内の他社を含めて異動することのできる制度という点が異なります。
前者で「おためし」をしてみて、本当に自分のキャリアにとって必要だと思えば後者の制度で異動する、ということができるわけです。
ただ、これまでは制度としては存在していても利用する社員は非常に少なかったのが現実です。そこで、募集情報はイントラネット上に掲出するほか、人事部から各社員への積極的なレコメンドも併せておこなうようにしました。
しかし、社員数が多いので社員一人ひとりのキャリア観を人事チームだけで把握することは難しいため、データベースを前田が構築しました。
—なるほど。公募情報と社員のキャリア観を繋げて、積極的なレコメンドをするための、オリジナルなデータベースですね。
前田尚暉さん(以下、前田):はい。具体的には、グループ内のさまざまな業務・プロジェクトと社員の希望とをマッチングできるタレントデータベースです。
まず、人事部でもともと持っていた基礎情報に加え、異動歴や資格情報、業務経歴などのファクトデータを統合しました。そこへさらに部署ごとに点在していた設計の異なるデータベースの情報も収集して統合した上で、アンケートによって出身地や趣味、特技、将来の夢などのエモーショナルなデータも加えることができるように構築したものです。
これにより、過去の経歴から適性のあるプロジェクトを発見できるだけでなく、趣味で筋力トレーニングを楽しんでいる社員にヘルスケア分野のプロジェクトへの参画を促したり、将来的にAIの仕事がしたいと考えている社員に類似するプロジェクトを紹介したりという「キャリアとの出会い」を叶えることができるようになります。
—かなり充実したデータベースですね。それがあれば、適切かつ納得感のあるレコメンドで制度の利用も促進されそうです。
稲葉静香さん(以下、稲葉):実はそうもいかなかったんです。制度を整備し、ファクトデータを整理して、エモーショナルデータ収集のために5〜10分ほどのアンケートを全社員に依頼したところ、その回答率は20%台に留まってしまいました。
高木:硬直化してしまった社員のキャリア観を柔軟にすることの難しさ、制度を自分ごととして捉えてもらうまでの道のりの遠さを痛感しましたね。
社員を動かしたのは、“制度”ではなく“言葉”だった
—制度があっても、それが自分と無関係なものに感じてしまったり、利用することで不利益があるのではないかと考えてしまったりして、前向きになれない気持ちも理解できます。
高木:はい。私たちもその懸念があり、経営陣との対話も含めて利用促進のための対策を練った結果、2024年下期にトップからのメッセージを全社員に向けて発信することにしました。
内容は「キャリアは人事が与えるものではなく、自分自身で描くもの。会社はそれを本気で応援する」というものです。とても力強いメッセージでした。
それを契機に、20%台に留まっていたアンケートの回答率が86%まで伸び、一気に「生きた制度」になった実感がありましたね。トップからの明確なメッセージにより、会社の「本気」が伝わったのだと思います。
稲葉:ここからは、社員の間で制度が「使えるもの」という認識が広まり、社内ダブルワーク制度も、社内公募制度も、利用の申請が増えてきました。と、同時にレコメンドメールの配信も開始し、さらなる利用促進へと繋げています。
—レコメンドメールですか。どのような内容ですか?
稲葉:前田が整備したデータベースにもとづき、各部署・プロジェクトからの募集情報とつきあわせて、興味のありそうな社員に「こんなプロジェクト・業務がありますが、参加しませんか?」とおすすめするものです。
前田からも話があったように、趣味嗜好や将来の夢といったエモーショナルデータも含んだデータベースなので「趣味に○○と回答してくださった□□さんへおすすめのプロジェクトがあります」のように、本人にとって「自分ごと」感のある文面を心がけています。
前田:運用当初はデータベースを見ながら1つずつピックアップしていましたが、現在はAIによるマッチングをもとに人事チームからレコメンドができるようになっています。手作業によるピックアップでは見つけられなかったプロジェクト・業務と社員との組み合わせも発見できるようになり、キャリアオーナーシップ実現へとさらに近づいたと思います。
将来的にはAIが直接、社員にレコメンドできる自動運用も視野に入れ、より高い精度と積極的な支援ができるようにしていくつもりです。
—なるほど。そのようなお取り組みの結果、どのような変化が生まれましたか?
小西:社内公募の応募者数が前年比で4.5倍に増えました。稲葉の送っているレコメンドメールを見て「社内にこんなプロジェクトがあることを初めて知った」「現在の業務とは無関係だが興味を持った」などの声も聞かれるようになり、社員一人ひとりが自律的に自らのキャリアを考え、構築していくキャリアオーナーシップの拡がりを感じます。
拡がる社員の変化 キャリアを考えるきっかけが生まれる
—実際に制度を利用した社員からは、どのような反応がありましたか?
稲葉:たとえば、DX関連のプロジェクトに社内ダブルワーク制度で参画した社員が「この経験を本業にも生かしたい」と言ってくれたことがありました。ダブルワークを通じて新たな知見や視点を得て、本業にもそれが生きるというのはとても嬉しいことですね。
小西:印象に残っているのは、趣味として家庭菜園を挙げていた社員に農業分野に関わるプロジェクトをレコメンドしたところ「まさか趣味がきっかけで、こんな仕事に繋がるとは思っていなかった」と感謝されたことです。
こうした、社員にとって「想定外」なマッチングが生まれることは、キャリアについて考えるいいきっかけになりますし、なによりファクトデータだけでなくエモーショナルデータもデータベースに収めたからこその成果だと思います。
稲葉:成功事例は積極的に社内に広報し、制度のさらなる浸透と利用拡大に繋げています。そうした紹介記事をきっかけに応募してくれる社員もいて、とても嬉しいですね。
高木:最近では、レコメンドを受けたことをきっかけに「他にも挑戦できそうな場所はないか」と別の制度やポジションに興味を持つ社員も出てきています。まだまだ“全社員”とはいきませんが、キャリアオーナーシップという考え方が社内に拡がってきている実感があります。
上司のマインドにも変化 組織全体がキャリアオーナーシップを支える社風へ
—気になるのは、部下を社内ダブルワーク制度や社内公募制度によって「送り出す」側である上司のマインドです。それが制度利用のボトルネックになってしまう企業も多いと思いますが、御社ではいかがですか?
高木:当社はもともと、全国に拡がるNTTグループのネットワーク全体にまたがった異動が多いということもあり、部下が自分のもとを離れることへの抵抗感は小さい社風であると思います。
とはいえ、ミクロなレベルでは「○○がいなくなったら困るな……」と思う管理職もいたでしょう。私にとっても、このプロジェクトメンバーが他部署へ移るとなったら正直、痛手です(笑)。
しかし、それも育成の一環であるというポジティブな考えが広まりつつあることも、同時に感じます。実際、社内ダブルワーク制度を通じて新たな経験を積んだ部下が戻ってきたとき、前向きな変化を実感できたという声もありました。
小西:たとえば、「なんか自信がついたみたい」とか「働き方が前とは変わったね」とか、そういった声です。これらは数字としては上がってきませんが、確実に社内にキャリアオーナーシップ制度に対するポジティブな印象を広げていると思います。
—もう一方で気になるのは、各制度の利用にチャレンジしたものの、選考で落ちてしまった社員の方へのフォローです。どのようにされていますか?
高木:キャリアオーナーシップ制度は社員の自律的なキャリア形成を支援する仕組みですが、それを無制限に認めるものではありません。
求められる能力を満たし、制度の利用によって本人と会社の双方によいインパクトがあると認められた場合に、希望が通ります。あくまでも仕事ですから、その点はブレないように気をつけていますね。
そして同時に、選考落ちした社員に対するフォローもしっかりとおこなっています。
小西:面談を通じて「今回は残念ながら不採用でしたが、こういった点は高く評価されました。さらにこういった部分を伸ばすと可能性が高まります」と、できるだけ具体的かつ、次の挑戦を後押しするようなフィードバックを心がけています。
「制度を使ったけどダメだった」というだけでなく「また次、挑戦しよう」と考えられることが、キャリアオーナーシップ制度への信頼感を増すと考えているからです。
高木:「この制度を使って、新しい挑戦をしたい」ということ自体が、一昔前ならネガティブに捉えられていたかもしれません。しかし今では、社員の間でキャリアオーナーシップ制度が「挑戦できる制度」と認識され、上司を含めた周囲も「育成の一環」「一人ひとりのキャリアを大切にするための制度」と、捉え方が変わってきています。
こうして、制度があるだけでなく「周囲の目」や「マインドセット」の変化が揃ってこそ、キャリアオーナーシップという考え方が根付いていくのだと信じ、これからも前向きに取り組んでいくつもりです。
—制度設計だけでなく、社員一人ひとり、そして上司を含めた周囲のマインド変化までをも見据えたキャリアオーナーシップ実現への挑戦に、聞いているこちらもわくわくしました。今日はありがとうございました!
社員を、そして組織を動かすのは制度ではなく文化の醸成
取材終わりに印象的な場面がありました。私たち取材チームをお見送りくださった人事部メンバーのお一人、前田さんが同行していたフォトグラファーに撮影のコツや機材について熱心に質問をされていたのです。
課長の高木さんは「彼は趣味で写真を撮っているので、少しでも仕事に繋がればと社内で使うチームメンバーのプロフィール写真なども撮ってもらっているんです」と、その姿を見守ります。
NTT-MEが目指す、一人ひとりの趣味や将来の夢をベースにしたキャリアオーナーシップ。これは大企業だから実現できたことではなく、こうした「社員の好きなことを尊重するまなざし」があるからこそなのだと実感した一幕でした。
NTT-MEのように1万人を超える組織であっても、そのはじまりは一人の社員の思いや、現場での小さな気づきから生まれています。
人生100年時代を迎え、キャリアの捉え方も多様化が進む現代において、企業の規模にかかわらずキャリアオーナーシップを考えることの重要性は今後ますます増していくでしょう。まずはそれぞれの立場で、実現したいキャリアとはなにか、それをどう支えられるのかと考えるところから始めてみるのはいかがでしょうか。