社員のキャリア自律と女性の活躍~多様性を活かすために企業ができること~
法政大学キャリアデザイン学部教授 武石恵美子氏
日々変化する社会において、私たちの働き方、働くことに対する意識も変わらざるを得ません。また、近年は多様性を積極的に受け入れビジネスに生かそうという新たな動きも出てきています。
そのような時代において、働く人一人ひとりのキャリア自律、ダイバーシティの推進のために企業はなにができるのか、社会環境の変化にどう対応していけばよいかについて、法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授にお話を伺いました。
VUCAの時代だからこそ求められるキャリア自律
― 先生は“キャリア自律”について、さまざまな提言をされていらっしゃいますが、とくに今、個人が自律的にキャリアを考えることの重要性が高まっているのは、なぜなのでしょうか?
武石恵美子(以下、武石):これまで日本の企業は“自律”とは反対に、組織が人を育てるという考え方でうまくいっていました。人材育成もそれに従った仕組みがとられ、長らく続いてきたわけです。
しかし、10数年前からVUCAという言葉がよく取り沙汰されるようになりました。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を繋げたもので、これらに象徴されるような将来が見通せない不確実な時代には10年後、20年後を見据えた時に、人をどのように育てていくのが正解なのかがわからなくなってきたということがあります。
加えてVUCAの時代には、さまざまなバックグラウンドを持った多様な人材を組み合わせて社会変動に対応するという意味で、人材多様性の積極的な側面も評価されており、組織主導の育成では多様な人材が育ちにくいという課題も顕在化してきました。
そのような時代の中で、一人ひとりが自分のキャリアを考える方が合理的であるという流れがあり、個人が主体的に自身のキャリアを律していく“キャリア自律”という言葉が定着してきました。キャリアというのはその人自身に属しているものですから、他の人が考えることがそもそも余計なお世話だったのかもしれません。つまり、これまで社員と企業は主従関係でしたが、世の中の大きな変化にともなって変わらざるを得なかったということです。
社員と企業がそれぞれ責任を持って、相互に自律した関係性を築くというように、人材育成のあり方が変わってきたというのが現在の状況だと考えています。
―以前は企業が社員の人材育成やキャリア形成をおこなうことが当たり前でしたので、突然自分で考えなさいと言われる社員も大変ですが、社員に成果を出してもらうにはどうしたらよいのか、キャリア自律はどのように支援したらよいのか、企業も悩ましいですよね。
武石:ある年齢以上の、企業に育ててもらった世代の方はいきなり“自律しなさい”と言われても相当ギャップがあると思います。しかし最近、入社した方々も“自律ってどういうこと?”と戸惑いがありますよね。自分たちはどこへ向かって行くのかとみんなで探り合っているような中で企業ができることは、まず組織と社員との関係性が変わってきているという事実をきちんと認識した上で、どのような人事施策を打つべきなのかを考えることだと思います。
私は最近“転勤”の研究をしていますが、転勤は人事異動の一形態ですね。従来人事異動は、企業が異動命令、転勤命令を出して人材を回していたわけですが、これからはたとえばそこに個人の意向を反映する仕組みを作っていくようなことも大事ではないでしょうか。“自律しなさい”と言うのだったら、社員本人が選べる仕組みを作ることが当然だと思います。これまで会社が作っていたセットメニューのようなものを、オーダーメイドに作り替えていく、そういう制度改革、意識改革が必要ですね。
―意識改革というと、自律したキャリアを求める社員はもちろんのこと、経営側の意識も変える必要があるということですね。とはいえ、急に変われと言われても人は急に変われるものではありませんから難しいですね。
武石:私が以前お話を伺った企業では、社長が入社式で“君たちはここで安住してはいけない、嫌になったらいつでも出て行ってよい”と言うそうです。今はどうかわかりませんが、“自分で考えなさい”という、かなり強烈なメッセージですよね。
新入社員のような若い世代にこうしたメッセージを発信していくことで“そういうものなのか”という意識になっていくのではないでしょうか。ただし、定年まで同じ職場で働くのがよいという意識の社員には、なかなか受け入れられないですから、時間軸を取って、過渡期の施策が必要だと思います。
ちなみに、今お話しした企業では、定期的な人事異動はおこなわず、すべて社内公募で異動をおこなっているのだそうです。私は、社内公募はキャリア自律のひとつの制度的な受け皿として有効だと思っていますが、日本の企業全体を見てみると、なかなか成功しているところはないんですね。制度はあっても応募する人があまりいないと。それは、企業の風土にもよるのかもしれませんが、VUCAの時代に企業は生き残りをかけてどう変わっていくか、人材をどう変えていくかということに取り組む必要があると思います。
重要なのは、自分で選ぶことのできる選択肢を用意すること
―企業はキャリア自律を推進する一方で、経営資本でもある人材に辞められたら困るという思いを根底に持っていると思います。社員が自律して力をつけると出て行ってしまうのではないかと、企業がネガティブな思いを抱えていることが、キャリア自律が進まない一因かもしれないと考えています。先生はどう思われますか?
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