戦略人事に挑戦する企業に聞く~パーパスとタレントマネジメントが実現する「大きな家族経営」の姿~ | 大阪王将
会社組織を「人」の集合体だと捉えれば、人事の仕事はまさに会社の中心、事業の骨組みを作る仕事と言えます。
しかし、組織のあり方はさまざまです。1つの事業に特化した組織もあれば、多角経営でさまざまな業態を内包した組織である場合もあります。
今回、お話を伺ったのは「タレントマネジメント入門 ~個を活かす人事戦略と仕組みづくり~」をお読みいただいたという、餃子店チェーンで有名な株式会社大阪王将で人材開発を担当されている渡邉 孝至さん。
大阪王将の持つ「家族経営」というカルチャーと、タレントマネジメントの融和を目指しているという人事制度の設計について、同書の著者であり、株式会社マイナビの土屋がお話を伺いました。
多用な雇用形態、職種が混在する組織
土屋: 渡邉さん、今日はよろしくお願いします。まずは、御社の組織体系、人事制度の概要についてお聞かせください。
渡邉: はい。私が所属しているのは株式会社大阪王将(以下、大阪王将)で、これは株式会社イートアンドホールディングス(以下、イートアンド)の傘下にあります。イートアンドは大阪王将を始めとした外食事業、冷凍食品などの食品事業を2本柱として事業を展開している持株会社です。
その中で、ポートフォリオ上のシェアが特に大きいのが大阪王将と、冷凍餃子などを製造販売している株式会社イートアンドフーズ(以下、フーズ)です。
しかし、その両者の働き方は全く異なります。これまでは工場の生産ラインに立っている人、小売店や問屋向けの営業をしている人、店舗にいる人など、働き方がさまざまであるのに対して、それぞれの場所で働いている人にとって最善の人事制度、評価制度というものを考える機能が弱かったんですね。
そこで全体を統括して、事業会社ごとに異なる働き方がある中でうまく機能する人事制度、評価制度を作ろうという全社方針のもと、今の仕事をやらせていただいております。
土屋:店舗運営と食品の製造販売だと、必要となる人事制度が大きく異なるように思いますが、いかがでしょうか?
渡邉:はい、その通りです。このような環境なのですが、実は事業会社の運営に必要な専門的な教育などの人事機能は大阪王将が主体となっています。それは、従前から敷かれていた人事体制が全社的且つ平均的な働き方を前提としたものだったからです。
つまり全社的且つ平均的な働き方とは異なる大阪王将には事業に必要な専門的な人事部門をしっかり置いて、あとはグループ全体の方向性を本部が管轄するという体制をとりました。
ホールディングス化と部分最適
土屋:御社は2020年にホールディングス化されていますが、1つのホールディングスで2つの人事制度があるということになりますね。ご苦労もあるのではないでしょうか?
渡邉:それは、ホールディングス化する際に「部分最適」がキーワードになったことが理由ですね。普通はホールディングス化するときには「全体最適」をしようと動くと思うのですが、その逆です。
その1つの方法として、先ほども少しお話ししたように、大阪王将には事業に必要な専門的な人事部門を持ち、その他フーズを含めた3つの事業会社では人事機能をホールディングスに移管して、グループ全体の方向性の管理やそれらにまつわるオペレーションは全てホールディングスで受け持ちながら、フーズに人事担当者を部分的に出向させています。
土屋:となると、いま渡邉さんが主に取り組んでいらっしゃるのは大阪王将の人事制度・評価制度ですか。
渡邉:はい、それらを合わせた組織開発の土台作り全般が現在の業務ですね。大阪王将以外では先ほど申し上げたような方法でオペレーションできそうなのですが、大阪王将は一筋縄ではいかないんです。
それは、「直営店」、「加盟店(FC店)」に加えて弊社のOBが経営している「契約店・独立店」と3つの店舗形態があり、本部の人事権が及ぶ範囲にも違いがあることに理由があります。しかし、それらを包括して一体として捉えていかないと有効な人事施策は打てません。
事業の全体最適ということを考えるなら、もちろん全てを本部が直轄できる体制が良いでしょう。しかし直営店以外は直接の人事権が働きません。だからこそ、「部分最適」を考えて、全体として社員のポテンシャルを発揮できる体制に持っていきたいと考えているんです。
土屋:難しい課題ですね……。具体的に、どのような方法をとられているのでしょうか?
渡邉:同業他社では全店舗を直営して直接管理していることが多いのですが、弊社では8割以上がフランチャイジーで、先ほどもお話したように本部では人事権を持っていません。
しかしこれは、裏を返せば弊社の強みでもあるんです。
土屋:それぞれ個別の色を持っているのが強みということでしょうか?
渡邉:そうです。お店ごとに店長が地域に合わせて店舗を運営し、それぞれの町で愛されていることが大阪王将の強みのひとつです。
象徴的なのが、セントラルキッチンで商品を作っていないことでしょう。ほとんどの同業他社はセントラルキッチンで包んだ餃子を各店舗に配送して、お店では焼くだけにしています。そのほうが、味の均質化が図れるという狙いですね。
しかし弊社では、原則的に食品工場に近いスタイルで餃子の餡、皮、あとは麺類などを作って送るだけです。最終的には店舗で一つ一つ包んで焼いてお出ししています。
この餃子の作り方の違いは、人事制度の違いにも出ているかもしれません。
土屋:面白いですね。餃子の作り方と人事制度が似ている。
渡邉:そうです。店長が地域に合わせて店舗運営することで、それぞれの地域で愛される。この強みを失わないように、フランチャイズと契約店が持っている人事権はそのまま残し、店長から現場にある悩みを吸い上げて、本部でサポートするという体制を構築し始めています。労務相談、採用支援などです。
一方で、本部で店舗の人事権を持つことのできる直営店においては、これまで各店舗でバラバラに行っていた採用活動にAIを導入して効率と歩留まりを上げていく試みを行っています。
飲食店における人事領域の課題というのはある程度共通するところがありますので、直営店の採用で実験を行い、ベストな方法を模索しながらフランチャイジーを含めた全体で活用できる採用手法の開発を狙っています。
土屋:今のお話を伺っていると、御社におけるキーポジション(※ 事業戦略上、重要な位置を占める職域・職種)は「店長」だと思うのですが、先ほどおっしゃっていたように御社の8割以上を占めているフランチャイジーに対しては人事権が及ばないですよね?
渡邉:そうですね。人事権は及びません。ですが、各加盟店様の最大公約数的な人事面の悩みをサポートする仕組み、最適解を提供できるように、人事支援体制を検討しております。
土屋:3つの店舗形態を持つ難しさを乗り越えられようと、いろいろ手を打っていらっしゃる最中なんですね。
渡邉:そうですね。例えば直営店で採用スキームを実験や分析をして、フランチャイジーでも導入できるようなパッケージを運用できるようになると理想的です。
とはいえ、契約店の店長もそれぞれの経営手腕や人事周りの経験値はバラバラですので、育成も必要になるでしょう。ただ、実際に話をしていると人事領域に興味を持っている方は多いようなので期待は持っています。
そして、将来的にはキーポジションの修正や変更が重要だとを考えています。
土屋:キーポジションの特定と再定義を行われたんですね。タレントマネジメントの基礎として非常に重要なことだと思います。
渡邉:はい。この「キーポジション」という概念は、今回読ませていただいた土屋さんの本の中でも特に感銘を受けた部分でした。
数ある役職の中から自社の価値を決定づけるキーポジションを特定するという視点から社内を見ると、そもそも弊社と加盟店様にとってはそれが各店の「店長」であることがわかったんです。つまり、キーポジションが350名以上いた事になります。しかも、そのほとんどに本部の人事権が及びません。
そこで将来的には、より本部に近い位置で、なおかつ人数を絞ることのできる人材が、キーポジションとして効率的で効果の高い採用・育成を先導することが理想と考えています。
土屋:人事としては挑戦しがいのある課題ですね。
渡邉:そうですね。この一連の人事改革を進めていくにあたって、最初に役割等級制度の導入を行ったので、「どのポジションの人が何をやるべき」ということはクリアになっています。つまり、道筋はついているので、あとは仕組みの改革と合わせてタレントマネジメントの視点から人材をどう育てていくか、という段階ですね。
さらに今後はよりスピード感をもって進め、なおかつ新しい考え方を取り入れて議論を活性化させるためにも外部の人材を採用したり、育成制度もより組織の成長に直結する効果の高いものにしていったりする流れになるだろうと考えています。
「家族経営」と「ジョブ型雇用」の両立
土屋:いまお話いただいた「役割等級制度」は、社員の働き方を規定するという側面もあり、導入に際して摩擦も起きやすいと思うのですがいかがでしょうか?
渡邉:実はその通りで、弊社が人事制度を改革しようというときのテーマは「部分最適」以外にもう1つ「家族経営」というものがあったのですが、このテーマとの両立は難しいです。
家族経営といえば年功序列で一度入社したら定年まで勤め上げられるような採用スタイルを想像すると思いますが、おっしゃったように役割等級制度も合わせて導入しているので、いわゆるジョブ型雇用のように昇進、降格を含めた大胆な人事異動が起こりやすいんです。
一方で、経営層の考えている「家族経営」というのは、一人ひとりの顔を知っていて、経営層と社員とが家族のように近い関係でいることを指しています。
この2つを両立するという課題を持ったとき、特に運用面では本当に悩みました。ただ、やれることはシンプルで「対話」ですね。
土屋:なるほど、対話ですか。とはいえ、御社ほどのサイズ感のある企業となると一人ひとりとの対話は現実的でないと思います。その「大きな家族経営」をどのように実現されているのでしょうか。
渡邉:まず、10人〜20人ほどのグループに分けて、経営層が新しい人事制度を説明する機会を設けました。さらに、意見や議論があれば、それも全てオープンにして全社員に見てもらっています。
その上で、会社として社員の意見にきちんと対応していくことで、理解を得ていくことができるのではないかと考えています。
土屋:なるほど。人事や経営層からすると勇気のいる施策ではありますね。
渡邉:そうですね。ただ、社員には本心から納得して仕事をしてもらいたいので決断しました。あとは、年間MVP(社長賞)を社員に贈る取り組みも、一人ひとりをちゃんと見ていることの証として伝わっているのではないでしょうか。
さらに従来からある社内SNSの運用、そして最近、教育システムも本格的に利用しはじめまして、これも「大きな家族経営」の実現に一役買うのでは、と期待しています。
土屋:社内SNSではどのような交流をされているのですか?
渡邉:プライベートとビジネスの中間あたり、ややビジネス寄りくらいの気持ちで投稿できる場になっています。とは言っても投稿内容に一定の制限を設けているわけではないので、「話題のデカ盛り中華に行ってきました!」のような投稿でもOKです。
そういったものに経営層からリアクションが付いたりすると、これもまた「見てくれている」という感覚になっていきますよね。
また、人事的な目線からは社員からの声を聞くことでタレントマネジメントの視点から「才能を発掘する」という方向にも活かせるのではないかと期待しています。
さらに今後の課題は、これらとは別にOB・OGとの持続的な交流だと思っています。今、この瞬間には会社を離れているけど「大きな家族」としての心理的繋がりは共有していこう、という考え方ですね。
パーパスが支える「入りやすく・出やすく・戻りやすい」組織づくり
土屋:アルムナイネットワークですね。かなり先進的な試みだと思います。
渡邉:家族経営という古風な方針が逆に先進的な取り組みに繋がったというおもしろい例になるかもしれません。
不思議に思われるかもしれませんが、弊社の考え方を体現するためには、個人的に「入りやすく・出やすく・戻りやすい」という環境を作ることが理想だと思っています。
今までは役員や社長が「そろそろ戻ってきたらどうだ?」と個人に直接電話をするようなことがよくありました。飲食業界では多いんです。
とはいえ会社としても少しずつですが着実に大きくなってきましたし、それをもう少し体系的に進めるための1つの方法ですね。
土屋:ただ、その「戻ってきやすい」、つまり社員側から見ると「戻りたくなる」会社作りというのは、かなり深い精神的なつながりが必要に思えます。その求心力の原点はどこにあると思いますか?
渡邉:現実的には、やっぱり「人」にあると思うんです。でも、そこには危うさもありますよね。その人がいなくなると、そこについていた社員が「からっぽ」になってしまいます。なので、本来であればやっぱり「パーパス」が求心力の中心にあるべきだと思いますね。
ただ、そういった抽象的なものに人がついていくのは難しい。そこで鍵になる役割は、やはり本部に近いところにいて、パーパスをよく理解したマネージャーなどの中間マネジメント層だと思います。
現場では店長に人がついていていいんです。しかしその店長は会社の経営方針やパーパスにしっかりとコミットしているマネージャーについていて欲しい。だからこそ、先ほどお話ししたようにキーポジションを「その役割」に転換する必要があります。
まだ道半ばですが、経営層も人事も本気で取り組んでいますので希望を持って仕事しているところです。
土屋:社員と会社との精神的なつながりという情緒的な課題を仕組みで解決しようという姿勢には非常に感銘を受けました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
<プロフィール>
渡邉 孝至 氏
株式会社大阪王将
社長直轄 人材開発グループ
これまで複数の企業で人事・人材開発に従事し、現在は株式会社イートアンドホールディングス傘下の株式会社大阪王将に新規で立ち上げられた人材開発グループにて、責任者として新しい人材開発スキームの開発を行っている。
土屋 裕介
株式会社マイナビ
教育研修事業部 事業開発部 部長
大学卒業後、不動産会社の営業職を経て、国内大手コンサルタント会社入社。人材開発・組織開発の企画営業として、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入。2013年に(株)マイナビ入社。マイナビ研修サービスの商品開発の責任者として、「ムビケーション研修シリーズ」「各種アセスメント」「ビジネスゲーム」「タレントマネジメントシステム crexta(クレクタ)」など人材開発・組織開発をサポートする商材の開発に従事。10年以上にわたり一貫してHR領域に携わる。主な共著に「楽しくない仕事は、なぜ楽しくないのか?~エンゲージメントで”働く”を科学する~」(プレジデント社)「タレントマネジメント入門 個を活かす人事戦略と仕組みづくり」(ProFuture社)。
※記事中の役職名は2023年11月のものです。