「才能開花」と「適材適所」を実現するサイバーエージェントのタレントマネジメント
株式会社サイバーエージェント 人材戦略本部 本部長/キャリアエージェント 大久保泰行氏(右)
株式会社マイナビ 教育研修事業部 事業開発部 部長 土屋 裕介(2023年11月時点)(左)
近年、人材に関するユニークな施策で耳目を集めているサイバーエージェント。他業種と比較して大型の設備投資が少ないインターネット産業において、もっとも競争力を発揮するのは人材にほかならず、同社では人材を最大の経営資源と捉えている。創業以来、人材の「採用・育成・活性化・適材適所・企業文化の浸透」に力を注ぎ、2013年からは独自のアンケートシステム「GEPPO(ゲッポウ)」と社内ヘッドハンティングチーム「キャリアエージェント」を軸としたタレントマネジメントを推進中という。
そこで、マイナビの土屋裕介が、同社の人材戦略本部本部長でキャリアエージェントチームの責任者を務める大久保泰行氏に、タレントマネジメントの取り組みについてうかがった。
驚異的な回収率を誇るアンケートシステム
土屋裕介(以下、土屋):大久保さんはどのような形でタレントマネジメントに携わっていらっしゃるのでしょうか。
大久保泰行氏(以下、大久保氏):私が責任者を務めるキャリアエージェントチームは、社内の適材適所を実現していくヘッドハンティングチームという位置付けで、社員のコンディションやキャリア志向をつかむための「GEPPO(ゲッポウ) [※1]」というアンケートシステムの運用も担っています。人材の情報を集約・分析し、そこから見出したタレントを適材適所に配置するといった業務が中心になります。
土屋:当社でも近年、タレントマネジメントの研究を進め、2020年1月には「crexta(クレクタ)」というタレントマネジメントシステムを発表しました。研究にあたっては多くの企業の人事担当者にお話をうかがいましたが、タレントマネジメントを導入した経緯や運用の実態についてはさまざまでした。貴社では、どのような経緯でタレントマネジメントを導入されたのでしょうか。
大久保氏:GEPPOとキャリアエージェントが生まれた2013年が、タレントマネジメントのはじまりになります。当時、経営陣が集まる「あした会議[※2]」で、「社員が1000名を超えて、一人ひとりの顔が見えにくくなった」といった話があったようです。このままでは社員の才能を開花させたり、適材適所を実現させたりすることが難しくなるということで、GEPPOの開発とキャリアエージェントの発足が決まったんです。
土屋:経営陣の主導で、タレントマネジメントがはじまったのですね。導入にあたって、実務的な面での障壁や苦労された点はありますか。
大久保氏:適材適所を実現するためには、人を知るための正しい情報が必要です。スタートの障壁としては、そういった情報がなかったことがあげられます。まず情報を集めるためにGEPPOを開発したという経緯があり、その2年後にはデータを分析する「人材科学センター[※3]」を立ち上げました。
土屋:GEPPOで情報収集をする際は、アンケートを送付して1週間以内には社員から回答が寄せられ、回答率も96~97%ほどもあるとうかがっています。当初から、そのような高い回答率だったのですか。
大久保氏:現状はほぼ100%に近い回答率になっています。ただ、当初からそれほど高かったわけではなく、経営からのメッセージと日々の運用で徐々に上がっていきました。
代表の藤田や人事担当役員の曽山から「このデータは適材適所の実現に必要なもの」といった具合に、情報収集の目的を全社員に伝え続け、また、コメントを書いてくれた人へのリアクションも大切にしました。実務やキャリアのことだけではなく、会社で困っていることや組織の問題点などを書いてくれる社員もいるのですが、何日以内に返信するといったルールを決めてコミュニケーションをとっています。「GEPPOには書く意味がある」ということが浸透するにつれ、回答率も高くなっていきました。
土屋:GEPPOで質問するのは毎月1回だけで、質問も3つに絞っているとうかがっています。人事担当者がこういった情報収集や調査をするときは、もっといろいろなことを聞いてみたいという欲求が出てくると思います。そこを抑えて、3つの質問で運用している理由はありますか。
大久保氏:もちろん、たくさん質問したくなるのですが、そのせいで答えるのが大変になり回答率が下がってしまうと意味がありません。3つの質問の回答を1分で終えられるというのが目安です。
土屋:社員の方々の負担を考慮して、「1分以内で答えられる3つの質問」という枠をつくっているのですね。そうなると、一つひとつの質問が非常に重要になると思います。質問の内容は、どのように設定しているのでしょうか。
大久保氏:一つめの質問は「個人の成果やパフォーマンス」について、二つめの質問は「チームの今のコンディション」について、それぞれ5段階評価で答えてもらいます。この二つの質問は毎月同じです。
三つめは毎月変えているのですが、年に12回しか質問の機会がありませんので、どんなことを聞くか、毎年度しっかり設計します。きちんと設計できれば、大量の質問を投げかけるよりも、意味があるデータになります。たった3問ですから回答する際に考え込む必要がなく、そのときの感覚で答えられると思います。感覚的な回答だからこそ、意味のあるデータになっているのかもしれません。
土屋:質問や回答のやりとりのなかで、重視しているキーワードはありますか。
大久保氏:貢献実感や将来の宣言など、それぞれ重視していますが、適材適所の視点で挙げるとすると、例えば挑戦実感でしょうか。挑戦できているかどうかは、重要だと考えています。挑戦に対する実感値が低いと心配になりますので、コミュニケーションをとりにいくようにしています。
土屋:挑戦できるフィールドを与えることは、簡単ではないと思います。たとえばシステムの保守といった、どちらかというと挑戦よりも堅実性や安定性が重視される業務を担当されている方もいるのではないでしょうか。
大久保氏:私は大きなチャレンジだけが挑戦ではないと思っています。小さなことでも、目標設定のなかで挑戦できているという実感があればよいのではないでしょうか。裏を返せば、挑戦実感を持てない社員が多い組織は、目標設定がうまくいっていないともいえますので、必要に応じてサポートに入ります。
適材適所の配置が人を育てる
土屋:適材適所の実現を目指してタレントマネジメントを導入する企業は年々増加しているようですが、人を動かすことに対して、貴社ほどフレキシブルに実行できている会社はまだまだ少ないと思います。
大久保氏:大前提として、「配置が人を育てる」という考え方があります。下から積み上げるような育成プログラムを回すより、思い切って抜擢したり、新しいミッションを与える事が人の育成につながると考えているんです。
土屋:企業の人事担当者からよくうかがうのが、異動の対象となった社員やそのマネージャーと合意がとれているか、という問題です。たとえば新規事業の主要メンバーを集める場合などでは、各部署の優秀な人材を異動させることになると思います。そのとき、現場のマネージャーから「このメンバーは、もう少し手元で活躍させたい」といった要望を受けることはないのですか。
大久保氏:現場レベルでは、「抜けた穴をどうするか」という声は、当然出てきます。しかし、まずは重要なポジションに人材を配置することを最優先します。もちろん、その上で埋まらない穴ができそうであれば、別の部署からの異動調整や中途採用で補充するなどの対策も我々のチームでサポートします。
一方で元のポジションに穴が空いたとしても、その現場のナンバーツー、ナンバースリーがそのポジションを補完し、大きく成長することもあります。組織が変わることが人や組織の成長機会になるケースも多いと考えています。
土屋:次を担う人材についても備えた上で、適材適所を実行する。まさにタレントマネジメントそのものの考え方ですね。貴社の風土や文化もうまく噛み合っているのではないでしょうか。
大久保氏:利害関係にとらわれず、チャレンジする人を応援する風土があることも、異動が受け入れられる要因かもしれません。本人が前向きにチャレンジするのであれば、たとえ穴が空いてもみんなで埋めればいい……と応援するようなカルチャーがあるんです。
土屋:チャンスを与えるだけではなく、本人もやる気になり、それをみんなで応援することで人が育つのですね。しかし、苦戦している部署を立て直すために人材を送り込むときなどは、「あそこは嫌だ」という社員もいるかもしれません。実際、そういったケースで合意を得ないまま辞令を出してしまい、異動後に話がこじれてしまって、容易に解決できなくなった……といった話をよく聞きます。
大久保氏:じつは当社は一方的な辞令を出して異動させることは、ほとんどありません。異動する社員を選定する際は、必要な人材の要件などをもとに、まずはデータを参照して探しますが、必ず本人と話をします。本人にきちんと役割と期待を伝えて、それを理解してもらった上での異動となります。最終的には、本人のエモーショナルな面も含めて判断するのです。理解や納得のないまま異動させても、熱量を持って業務に向き合う事は難しいと考えています。
社員の異動を決めるときは、各管轄のリーダーが揃う役員会で決議するのですが、データと本人のセリフをセットにして提案しています。
土屋:やはり合意があっての異動なのですね。エモーショナルな面も含めた判断も適材適所がうまくいっているひとつのポイントだと感じました。
ところで適材適所を検討するときに、「能力」と「モチベーション」のどちらを重視されているのでしょうか。たとえば一つのポジションに二人の候補がいるとして、一人は「現時点での能力的には不安があるが、ポジションに対するモチベーションは高い」、もう一人は「能力的には非常にフィットするが、モチベーションはさほどでもない」といったケースです。
大久保氏:これは明確にモチベーションですね。もちろん能力はあるに越したことはありませんが、モチベーションには及びません。当社では、「自ら手をあげる」ということを重要視しており、自ら手を挙げる入社1年目の社員や内定者に子会社の社長を任せるといったケースもあります。自分で宣言してリスクをとりにいける人は、当社では成長しやすいと思います。
才能が開花したタレントは自然と定着する
土屋:タレントマネジメントには、適材適所を実現する「配置」のほかにも、「採用」「育成」「定着」といった施策があるかと思います。まず採用については、どのような取り組みをされていますか。
大久保氏:採用には力を入れていますね。これはどの会社でも同じだと思いますが、私たちも現場の優秀な社員に声をかけ、100人単位で採用に参加してもらっています。じつはGEPPOのフリーコメントなどでも、採用にかかわりたいという声がよく挙がります。「いい人を採用し、いい人と一緒に組織を作り、いいサービスを作って提供していきたい」と考える社員が多いのです。
土屋:面接官にかり出されたりすると、内心面倒だな……と思うのが人情かもしれませんが、前向きに参加してもらえるというのは、やはりカルチャーの成せる技なのですね。
大久保氏:先ほども申し上げた通り、私たちは挑戦する人たちを応援するカルチャーを持っています。採用にあたっても、優秀な人材より、カルチャーに合う人材を重視しています。「素直でいい人」と表現しているのですが、中途採用も含めてカルチャーに合っている人材のほうが伸びるという確信があります。
土屋:タレントマネジメントの人材育成のアプローチとしては、公式的な学習プログラムを実施する「プログラムベース」の手法と、やりがいのある業務の割り当てやジョブローテーションに代表される「経験ベース」の手法に大別できますが、貴社では後者を重視されているようですね。
大久保氏:やはり基本は現場です。配置で得られる期待と経験が、人を大きく成長させると考えています。次世代経営者を育成する「CA24[※4]」や「YM18[※5]」といった育成プログラムもありますが、座学でなにかを教えるというわけではなく、実務に近いものです。たとえばCA24では、参加者が自分たちで見つけてきた経営課題の解決策を考えて役員に提案し、プロジェクトとして実現させるといったプログラムになっています。
土屋:採用、育成とお話をうかがってきましたが、最後に定着についても教えていただけますか。
大久保氏:定着させることを目的にするより、どちらかというと本人の才能開花が実現することを大切にしています。本人がいまの組織、いまの仕事で満足感を得られ、成果が出ていれば、必然的に定着につながっていくのではないでしょうか。
土屋:適材適所、才能開花といった大きな理念に裏打ちされたタレントマネジメントが、配置、採用、育成、定着、それぞれでうまく機能していることがよくわかりました。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
※1.GEPPO(ゲッポウ)
サイバーエージェントが自社開発したアンケートシステム。人事部が投げかける質問に対し、「快晴」「晴れ」「くもり」「雨」「大雨」の5段階のマークで簡潔に答えることができ、コメントの記入も可能。名前の由来は「月報」。
※2.あした会議
経営陣を中心に年に2回実施される会議。同社の未来(あした)につながる新規事業案や中長期における課題解決案などが話し合われる。
※3.人材科学センター
GEPPOで取得した情報をはじめとする多様なデータを分析し、適材適所を実現するためのレポーティングをおこなう部署。現在は、より現場と密にかかわる取り組みをはじめるなど、違った展開も模索している。
※4.CA24
次世代のマネジメント層を発掘・育成するための取り組みで、毎年選抜される24人が経営への提言や課題解決の実行に取り組む。
※5.YM18
「YMCA」という20代の若手を引き上げるプロジェクトから生まれた次世代幹部育成プログラム。入社3年目までの社員から18名が選出される。
<プロフィール>
大久保泰行
株式会社サイバーエージェント 人材戦略本部 本部長/キャリアエージェント
2003年、サイバーエージェントに入社。インターネット広告代理事業部門にてセールス部門のエグゼクティブプランナー、営業局長を経て、2017年10月より現職。Geppoの運用と社内ヘッドハンティングを専門とする組織であるキャリアエージェントの責任者も務める。
土屋裕介
株式会社マイナビ 教育研修事業部 事業開発部 部長
大学卒業後、不動産会社の営業職を経て、国内大手コンサルタント会社入社。人材開発・組織開発の企画営業として、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入。2013年に(株)マイナビ入社。マイナビ研修サービスの商品開発の責任者として、「ムビケーション研修シリーズ」「各種アセスメント」「ビジネスゲーム」「タレントマネジメントシステム crexta(クレクタ)」など人材開発・組織開発をサポートする商材の開発に従事。10年以上にわたり一貫してHR領域に携わる。主な共著に「楽しくない仕事は、なぜ楽しくないのか?~エンゲージメントで”働く”を科学する~」(プレジデント社)「タレントマネジメント入門 個を活かす人事戦略と仕組みづくり」(ProFuture社)。
※記事中の役職名は2023年11月のものです。