口説きの技術 ― 退職してしまいそうな社員を引き留める
なぜなら、唐突感を覚えるということは「①その社員があなたに信頼や愛着を持っておらず、相談すべき人ではないと思われている」「②あなた自身がその社員に関心がなく、発していたアラートに気づかなかった」のどちらかだからです。いずれにせよ、深い人間関係が構築できていなかったということ。
本来ならば、そうした状態で相手をどれだけ説得したところで、心変わりをすることはほとんどありません。しかし、わずかな可能性ではありますが、その後の対応次第では相手が退職を踏みとどまってくれるケースもあります。
今回は、退職してしまいそうな社員を引き留めるための口説きの技術を解説します。
まずは、深い人間関係を築いている別の社員を連れてくる
深い人間関係の欠如が問題なのであれば、まずは退職意思を告げてきた社員と最も深い人間関係を持っている別の社員(元上司や先輩など)を連れて来て、説得してもらうことが効果的となります。
その社員を採用した人、最初の上司、同期のメンバー、昇進した際の上司、etc、彼に影響力がありそうな人を探して、事情を説明した上で協力してもらうのです。私自身も、以前所属していた会社を辞めた際には2か月ほどにわたり、さまざまな人から慰留を受けました。結局辞めてしまったのですが、今でも感謝しています。
しかし、もし適した人がいない場合にはどうすればいいのでしょうか。その際には、大変遅まきながら、現在の上司や人事、経営者自身が、退職しようとしている社員と再び向き合い人間関係を再構築することが必要になってきます。マイナスからのスタートで可能性は低いですが、とにかくやってみるしかありません。
議論せず、傾聴する
退職希望者と話をする際のポイントは「議論をしない」ことです。議論に勝っても相手は変わりません。前向きな退職ももちろんあるとは思いますが、それでも会社や職場、人間関係、待遇などに少しも不信感を持っていないケースはほぼあり得ません。
相手が「会社や上司はこうですよね。だから辞めたいのです」と言ってきた場合、もし真実と違うことを言っていたとしても、まずは傾聴。とにかく、思いの丈をすべて話してもらうことが必要です。
もしも退職の理由が、その社員の持つ“誤解”に由来していたとしても、「どんな誤解があるのか」がわからなければ、それを反駁できません。退職希望者が話している不満に、聞き手が即座に反論したとすれば「結局、理解してもらえない。もういいです」となるのがオチなのです。
退職希望者と人生を語りあう
しかし、不信感を持ち、辞めようと考えた社員人は簡単には心を開きません。だからこそ、さまざまな工夫が必要になります。
まずは、時間的余裕をもらって、できれば数時間(なので必然的に飲食を伴うことになるでしょう)、話し合える場を設けてください。そして、話すべきテーマは、本当に遅まきながらですが「相互理解」です。相手はどのような人生を生きてきたのか、同じく自分はどうなのかを伝え合います。
ただし、退職希望者は、「1分でも早く切り上げたい」と思っているケースが多いでしょう。自分から昔話をしてくれるわけはありません。だからこそ、引き留めようと思っている側は、雰囲気を気にしながら、彼/彼女が人生を語ってくれるように聞いていくのです。
引き留める側から自己開示する
そのために必要なのは、引き留める側が“先に”自分の人生について開示することです。「問わず語り」になると思います。相手からは聞いてこないでしょう。
押しつけがましい雰囲気になるかもしれませんが、自分自身の半生や、何を考えてこの会社で仕事をしているのか、今後どうして行きたいのかについて語ってみるのです。
それに反応してくれなければ、残念ですが脈はありません。ですが、もし退職希望者が少しでも共感してくれて「実は自分も……」と、今度は自分の人生について話し始めてくれれば、しめたものです。
彼/彼女も、今の会社に最初は希望を持って入社してきてくれたはずです。その気持ちが引き出せて、初心を思い出してもらえたとすれば、退職を少し考え直してくれるかもしれません。
すべてのことは秘密裏に行う
次に大事なのは、退職希望者が抱く「でも、退職意思を翻ることは恥ずかしい」という意識をどうするかです。その問題を回避するには、退職遺留の動きをすべて「秘密裏に行う」ことが大切になってきます。
最初に退職意思を聞いた際には、「君には退職して欲しくない。お願いだから考え直して欲しい。なので、少し時間をくれないか」と慰留の意思を伝えた上で、「退職の意思を持っていることは、まだ誰にも言わないでほしい」とお願いするのです。
これを言っておかないと、退職希望者はさまざまな人に、退職することを広めてしまうかもしれません。そして、自分自身の発言に対して引くに引けなくなり、まっすぐに退職に向かっていく流れを作ってしまいます。
もし、退職慰留がうまくいきそうになっても、「あの人、辞めるらしいよ」という噂が広まっている状態では「やっぱり辞めません」とは言えなくなってしまうのです。
何事もなかったかのような日常をつくる
退職が最終的に本決まりになるまでは、タスクの割り振り方も含めて、普段と何も変わらないように過ごすことが重要です。
もちろん、退職の確度によっては、彼/彼女の抜けた穴を埋めるための行動も必要でしょう。ですが、それも秘密裏に行います。そして、退職希望者が「やはり会社に残ろう」と思った時に、何も特別なことをしなくていいようにしておくのです。
もちろん、担当業務や人間関係の問題などが理由で退職しようとしているのならば、話は別です。そういう場合は配置転換を考えなくてはいけません。しかしその際にも、急な異動で「これは何かあったな」と周囲に思わせてはNGです。不自然さを醸し出さないように配慮をしましょう。
引き止めの技術も必要だが、何より重要なのは普段からのコミュニケーション
退職遺留は大変難しい仕事です。今回は、それを成功させるためのポイントについて解説しました。もしも自社の貴重な社員が退職しそうなときには、本稿の内容を参考にしてみてください。
しかし、本当に大切なのは普段からのコミュニケーションです。唐突に退職意思を出されないよう、腹を割った話ができるような深い人間関係を構築しておきましょう。