HRはテクノロジーから“エクスペリエンス”へ。HR Technology Conference&Expo 2019報告会レポート
2019年11月18日新宿ミライナタワーにて、HR Trend Lab主催の『HR Technology Conference&Expo 2019報告会』が開催されました。
『HR Tech Conference & Expo 2019』はHRテクノロジー市場のトレンドをテーマとした世界最大級のイベント。毎年ラスベガスで開催される同イベントは今年で第22回を迎え、カンファレンスには188名が登壇しました。40カ国以上から1万人が参加したイベントには、HR Trend Lab研究員も参加。この記事では、同イベントに視察に向かった日本企業のゲストとともに、HRの最新トレンドを報告します。
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これからのHRは「エクスペリエンス」がキーワードになる
開会の挨拶を務めるのは、マイナビの土屋。2年前にも同イベントに足を運んでいた土屋は、イベントを振り返ってこう話します。
土屋:今回の視察で感じたキーワードは「エクスペリエンス(体験)」。基調講演やカンファレンスを聞くと、「従業員個人の仕事体験」を重視する機運が高まっていました。
従来、従業員個人のデータは企業側の会社全体を管理するという目的のために収集され、活用されてきました。そのため従業員には、企業が主導してデータを収集し、制度など組織全体の改善をおこなう、という受動的な意識があったように思います。
しかしこれからは、従業員個人が主体となって自身の業務や環境をよりよくすることを念頭に、自身のデータをどのように集め、どこに貯めて、どう扱っていくか。自身のデータや、組織に対してより能動的な意識を抱くことが必要となるでしょう。
個人が主体となっていく時代においてはテクノロジーの後押しも重要な要素となるはずです。たとえば、1on1をより効果的に受けるためのツールや、従業員一人ひとりが必要だと考える研修の受講が実現できるようになります。
この従業員個人が主体となっていく潮流は近い将来日本に上陸するはず。1〜2年後には人事担当者が「エクスペリエンス」と口に出す機会も多くなるのではないでしょうか。
この未来を私は好意的に捉えています。テクノロジーの時代とは言え、人同士の関係性が存在しないと技術は使えませんし、イノベーションも生まれません。
ゆえに今後は、人と組織との関係性を良くすることが、組織・個人両方によい結果をもたらすでしょう。
今回登壇していただく方々はイベント会場で出会った方々です。「エクスペリエンス」をキーワードに、各々の視点からHRテクノロジーの未来についてお話していただきます。
HR の未来を示す5つのキーワード
レジェンダ・コーポレーション才藤孔敬氏
最初の登壇者は、レジェンダ・コーポレーション株式会社 HRイノベーション研究所所長の才藤孔敬(さいとうよしひろ)氏。同社は激動の時代を生き抜く企業の価値向上を、人事の側面から支援。中堅から大手まで550社以上に採用、人事労務のアウトソーシングを行っています。
才藤氏は『HR Tech Conference & Expo 2019』で行われたJosh Bersin氏の基調講演をもとに、今後のHR テクノロジーを示す5つのキーワードを紹介しました。
才藤:昨年のエキスポではAI・VR・ブロックチェーンなど尖ったテック企業の出展がありましたが、今年は、先進的なテックはあまり目立たず、寧ろ「エンプロイー エクスペリエンスの改善が重要」「従業員のためのツール、テック」「従業員が主役」などの考え方を基にした講演や出展が多く見られ、HRテック分野の変化を感じました。
私のセミナーでは、Josh Bersin氏が基調講演で話した「HRの未来を予想する5つのキーワード」についてお話しします。
1:フィードバックの活用
従業員同士、上司・部下間のフィードバックは関係性構築の一助となり従業員のエンゲージメントを向上させます。同様に「レコグニション」も重要であり、褒め合い賞賛することがエクスペリエンスの改善、エンゲージメントの向上に貢献します。今回のイベントでも、フィードバックを促進するツールが多数出展されていました。
2:学習機会の提供
従業員に学習機会を提供することは、業務効率だけでなくエンゲージメントも向上させます。また、学習機会の提供は求職者の方に好印象を与え、企業の採用活動にもプラスに働きます。
3:タレントモビリティの向上
内部人材の流動性を高め、他部署への異動や登用をおこなうことにより従業員のエンゲージメントは向上します。不足人員を社内調達できる上、コスト面でもプラスの場合が多いです。
また、社会・企業・個人の3つのニーズが重なる業務でキャリアモデルを形成できれば、従業員のエンゲージメントが向上します。
4:新たな労働力の活用
採用が困難な現状に対応するために代替的労働者(派遣社員、フリーランス/個人事業主、ギグワーカーなど)の活用が必要になってきています。現在、代替的労働者の増加により、アメリカでは2020年に個人事業主が4000万人超まで拡大するとの試算が出ています。
今後は、従来のような現場主導で足りないポジションを補充するという考えではなく、全社的な戦略として代替的労働者の活用を考えることが重要になってきます。
5:アクションプラットフォームの創造
HRテクノロジーの分野では、すでに「パフォーマンスマネージメント(成績管理)」「レコグニション、リワード(実績評価)」「ラーニング・キャリア(学習とキャリア形成)」「エンゲージメントアナリティクス(満足度分析)」など、数多くのツールが提供されています。
そのため、これからはこれらのツールを横断的に統合・融合するプラットフォームの登場が求められます。それは決してプロセス主導ではなく、フィードバックや評価、データ、エクスペリエンスなどが主導して構成されるツールでなければなりません。
「HR テック」の新しいテーマ
1990年代からこの数年前までは、タレントマネジメントやピープルマネジメントなど、HRのマネジメントを中心にデータやテック、ツールを活用してきました。しかしこれからは、「ワークエクスペリエンスの改善による生産性の向上」がHRテックの大きなテーマになります。
次に、エキスポ出展企業を4社ご紹介します。
・hitch
社内外の従業員スキルや思考特性をプロファイルし、社内プロジェクトに必要な人材を一覧表示するツール。LinkedInと連携可能で、アメリカで行われている「社外に社員を出して成長させる施策」にも活用されている。
・enboarder
オンボーディングプラットフォーム。内定から入社6ヶ月まで、人事側の行動を提案し、エンゲージメント向上やカルチャーフィットに役立つ。
・Bullseye Engagement
クラウドの人的資本管理システム。人材開発や、エンゲージメントの360度評価、退職リスク判断や後継者育成など、15機能を提供。ダッシュボードで視覚化でき、従業員同士のレビューも可能なので、コミュニケーションの活性化も期待できる。
・Broadleaf
従業員管理システム。正規社員、派遣社員、アルバイト、個人事業主の管理が可能でプロジェクトの進捗管理や費用支払いまで対応可能。代替的労働者の増加により利用企業が増えている。
HRテックにまつわる4つの嘘 プロノイア・グループ世羅侑未氏
次に行われたのはプロノイア・グループ株式会社 CCO兼コンサルタントの世羅侑未(せらゆみ)氏のセッション。プロノイア・グループは経営者や人事のパートナーとして事業や組織の未来創造を支援する企業。業界や規模を問わず、企業文化を変え、イノベーションを起こしたい企業にコンサルティングを行なっています。
世羅氏はまず、エクスペリエンスが注目されている背景から解説しました。
世羅:「エクスペリエンス」がキーワードになる理由として、個人の価値観の多様化があります。従来は、キャリア設計や幸せの形など、ある程度決まった共通価値が存在しました。現在では情報チャネルも爆発的に増え、一人ひとり違った多種多様な価値観が尊重されてきています。
昨今、口々に言われるユーザーエクスペリエンス(消費者体験)というワードもこの流れから注目度を増しました。「ユーザーエクスペリエンス」とは、製品やサービスを通して得られる「体験」すべてを指す言葉。この「体験」には、商品の機能や使い心地だけでなく、接客や購入サイトのデザイン、アフターサービスなども含まれます。
つまり、消費にまつわるあらゆる要素をリッチに設計し、直感的に価値を感じなければ買ってもらえない時代になってしまったのです。
まったく同じ背景から生まれた言葉が、エプロイーエクスペリエンス(社員体験)です。多様化する社員の価値観に沿うために「個々が求める仕事体験」の提供が求められるようになりました。社員がより上質な仕事体験を選ぶようになったいま、体験の向上こそが採用力につながります。
よい体験を提供し、採用力を高めるためにはどうすればいいのか?HRテックはどう活用できるか? カンファレンスで得たヒントを皆さんに紹介しようと思います。ただ紹介しても面白くありませんので、今回は、これまで業界で常識と思われてきたことを楽しく覆す形で進めていきます。
1つめの嘘:HRテックを導入するとき、まず考えるべきは機能だ
今回カンファレンスに参加して、これははっきり「NO」だとわかりました。始めにすべきは、まず自社がつくりたい文化を定めること。『働きがいがある会社』をはじめとし、あらゆる企業アワードを受賞した優良HRテックベンダーであるKronos社の社長も「前提とする文化があり、それを実現するために機能が作られる」とおっしゃいました。
テクノロジーは、文化を実現するツールです。目指す成果は同じでも、その向かい方を規定する文化が異なれば、活用するテクノロジーの機能やUIは違ったものになるはずです。
企業の文化は、業務上の“あらゆるインターフェース”を通じて育まれます。たとえば、会議・制度・オフィス・組織図・飲み会・1on1。こうした、社員と社員、社員と会社が接する接面(=インターフェース)がもつパターンが、社員一人ひとりの思考や行動パターンに影響を与え、それが集積して文化になります。無自覚のうちに、意図しなかった文化をつくりあげていないでしょうか?
まずは、理想の組織像に即した社内の一つひとつのインターフェースづくりに取り組みましょう。
2つめの嘘:HRテックは人事の仕事を楽にする
これも誤り。「楽」にするのではなく「ハイレベル」にすると言った方がよいでしょう。価値観が多様化した現代では、ひとりの上司の判断軸だけで評価や指示をおこなうシングルマネジメントは機能しません。上司だけでなく、人事も同じです。代替案として、カンファレンスでは「人事はアプリ(制度)ではなく、機能が盛り込まれたiPhone(プラットフォーム)をつくるべき」というわかりやすいメタファーが挙げられていました。
社員によって求める制度は異なります。人事に求められることは、多様な選択肢のあるプラットフォームをつくることで、1つの制度に基づいて管理することではありません。大げさに言えば、100人の管理人より、1つの頭脳が重要になるでしょう。
プラットフォームは一度作って終わりではなく、その時々で社員の声を聞きながら不要な制度を削除し、必要な制度を足していくことが理想です。飲料メーカーのペプシではこれを「プロセスシュレッダー」と称して、社員とともにPDCAを回しているそうです。
3つめの嘘:HRテックを導入すると、企業の多様性が無くなる
「HRテックを導入すると効率化だけが進み、多様性が受け入れられなくなるのでは」と危惧されがちですが、そんなことはありません。テクノロジーを導入する目的は、むしろ人同士のバイアスをなくし、多様性をより活性化させるためなのです。
たとえば、アメリカでも日本でも、多くの企業で「パルスサーベイ」などを通じて社員から会社へのフィードバックがより頻繁に行われるようになってきました。頻度が高ければ、それだけ多様な意見が伝達されますよね。チャットボットなどの活用により、最近ではパルスサーベイよりももっと手軽に、もっと自由な声を思いついたらすぐに発信できるシステムが構築されている会社もあります。この仕組みを「ボイス」といい、パルスサーベイに代わるものとしてその効果が注目されています。
また、採用時のバイアスを省き、より多様な人材を魅了するためのテクノロジーもあります。たとえば、textio社が提供するツールは、募集要項の言葉遣いをチェックし、特段意図していないのに特定の層にのみ響く言葉を使ってしまった際にそれを是正することができます。無意識のうちに、応募者の層を狭めてしまっていたらもったいないですよね。
4つめの嘘:HRテックの導入は、マネージャーの負担を増やしてしまう
管理するツールが増えると、そうでなくても忙しいマネージャーに、余計な手間がかかってしまうのではないか?これも誤りです。
カンファレンスの出展企業の中には、マネージャーから部下へのメンタリングを支援するツールが数多く提供されていました。こうしたツールは、1on1の効果的な進め方やアジェンダを専門知識に基づいて提案してくれます。
よく考えてみたら、マネージャーは必ずしも誰もが1on1のプロになる必要はありませんよね?キャリアカウンセラーになる必要もありません。きちんと専門性に基づいたツールを活用すれば、これらの複雑すぎる悩みから解放され、より短時間で効果的にチームのパフォーマンスを高めるマネジメントができるようになるのです。
多くのマネージャーは、日々の業務で忙しい合間を縫って、1on1などマネジメントの役割もこなしています。まず共感したいのが、これってとっても大変、かわいそう!ということ。
マネジャーも、エンプロイーですよね。エンプロイーエクスペリエンスは、マネージャーエクスペリエンスでもあります。マネージャーの負担を減らし、然るべきところへ最大限能力を発揮できる理想の体験を得ることも、テクノロジー導入の大きな目的です。
一方で、テクノロジーがいくら発展しても、社内にはオフィスや会議などあらゆるアナログのインターフェースがある以上、アナログのコミュニケーションや施策の重要性は変わりません。大切なのは、テクノロジーとアナログのシームレスな設計です。自社の企業文化が、双方において一貫して表現されている状態をつくること。それが人事の役割です。
日本企業ではじめて同イベントのプレゼンに参加
株式会社KAKEAI
最後に行われたのは、株式会社KAKEAIの代表取締役 本田英貴氏によるセッション。
同社が提供する「KAKEAI」はピープルマネジメントの最適化ツール。2018年に設され、2019年にはHRtech GP にて最高賞のグランプリを受賞、その後もHRテクノロジー大賞受賞、そして『HR Tech Conference & Expo 2019』において日本企業ではじめて世界のHR techスタートアップ30社に選出され、同Conferenceにてプレゼンに参加しました。
このプレゼンは「pichfest(ピッチ)」と呼ばれる数分〜数十分程度のカジュアルなもの。同社のピッチ参加の理由と自社のツール紹介も合わせて本田氏はこう話しました。
本田:我々が提供するツールはメンバーの特性や状況などに応じた最適な関わり方を提案してくれるもの。1on1や面談の属人化を防ぐことができます。つまり勘や思い込みを排除し、科学やデータをもとに判断を下す補助をしてくれるのです。
さらにこのツールでは「どのようなマネージャーが、どのようなメンバーに対し、どのような状況で、どのように関わり、メンバーがどう感じたか」のデータが蓄積されていきます。個々のマネージャーの持つナレッジが蓄積され、共有され、組織全体のマネジメントのレベルを高める続けることもできます。
なぜピッチを行うことができたのか? 参加してなにを感じたか?
我々が解決したい属人的なマネジメントとは日本に限った問題ではありません。その意味で、グローバルで事業を展開する前提で事業を行っており、海外でどのような反応をいただけるか確認したかったため応募しました。
ピッチの後には多くの方がブースに足を運んでくださいました。従業員の「エクスペリエンス」を日常的に担うのは現場のマネージャーであるという意識は海外でも同じであり、問題意識に対して弊社ツールがソリューションになり得ると確信できました今回の手応えを励みに、チャレンジを続けていこうと思います。
今回のセッションでは、デジタルとアナログが融合する「これからのHR」について聞くことができました。今後、デジタル化が進んでいくことは間違いない事実だと思います。しかしながら、ビジネス上の人と人との関わりは無くなることがないでしょう。今後は、デジタルを活用しつつ、いかにアナログを入れていけるかがHRに関わる者のミッションになるのではないでしょうか。
<登壇者プロフィール>
才藤 孔敬
レジェンダ・コーポレーション。HRイノベーション研究所 所長。大学卒業後IT最大手において、企画、サービス開発、 新規事業の立ち上げ、システム開発などに携わる。その後ベンチャーにおいて、EC、広告サービスなどの事業開発に携わる。2018年からレジェンダ・コーポレーション。
世羅 侑未
プロノイア・グループ株式会社にて企業向けの組織変革コンサルティングに従事。慶應大学システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)研究員として、人の創造性を最大化する「フロー状態」の研究もおこなう。欧米と日本の教育機関のパイプ役となりながら、東西の知恵を活かした創造性、直観、リーダーシップの育み方を模索する。共著『The SAGE Handbook of Action Research』(SAGE Publications, USA)では、直観力の鍛え方に関する独自の研究を海外で発信。『行動探求』(英治出版)では欧米発の組織開発手法を日本で紹介。
本田 英貴
筑波大学卒業後、2002年(株)リクルート入社。商品企画、グループ全体の新規事業開発部門の戦略スタッフなどを経て、(株)電通とのJVにおける経営企画室長。その後、(株)リクルートホールディングス人事部マネジャー。リクルートグループの「ミドルマネジメント層のメンバーマネジメント改善」施策や、「Will,Can,Must・人材開発委員会・考課・配置等のデジタル化」を実施。2015年リクルート退職後 複数のスタートアップの役員を経験。HR tech企業の一つである(株)Emotion Techでは、感情解析技術で発明者として特許取得。同技術で第3回HRテクノロジー大賞「労務・福利厚生部門 優秀賞」受賞、HRアワード2018「プロフェッショナル組織変革・開発部門 最優秀賞」受賞。人事業務を通じて痛感したジレンマ、自身のマネジメントにおける失敗。それが招く社会全体の非生産的な状況を変えたいという想いから2018年4月 KAKEAIを創業。