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タレントマネジメントは日本で活用されるのか? | 柿沼英樹×土屋裕介

2019年10月23日更新


環太平洋大学 講師 柿沼 英樹氏(右)
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部部長/HR Trend Lab 所長 土屋 裕介(左)

社員がどのような能力やスキルを有しているか把握し、パフォーマンスを最大化するために最適な配置や教育を行うタレントマネジメント。人材の流動性が高い欧米では研究や活用が進んでいますが、日本では馴染みのない言葉かもしれません。そこで今回はタレントマネジメントを研究する環太平洋大学 柿沼英樹講師と株式会社マイナビHR Trend Lab所長土屋裕介の対談を通じて、タレントマネジメントの概念や日本にタレントマネジメントをフィットさせるポイントをご紹介します。

目次 【表示】

タレントマネジメントが注目されている背景

土屋:柿沼さんはタレントマネジメントの研究をされていますが、そもそもタレントマネジメントとはどういったものなのでしょうか。

柿沼:タレントマネジメントの意味については、「高い業績をあげる社員をどうマネジメントしていくか」や、「社員の才能をどう発掘して開花させるか」など、学術的にも実務的にも様々な視点で捉えられています。私が関心を持っているのはこれら二つとは少し違うもので、キーパーソンやキーポジションに焦点を当てた考え方です。

企業が戦略や目標を達成する際に重要な人物は誰か、がキーパーソン。達成する際に重要な職務はどこか、がキーポジション。このキーパーソンをどのように採用・育成・定着させるか、このキーポジションのためにどういった採用・育成・定着の施策が必要か、こうした考え方をタレントマネジメントと位置付けて研究を進めています。

土屋:企業の目標達成のために重要な人物や職務を考え、そこに向けた計画を立て実行していく、ということですよね。
昨今は、日本でもタレントマネジメントが徐々に注目を集めていると思いますが、その背景には何があると思いますか。

柿沼:タレントマネジメントはもともと欧米で研究されていたテーマです。1980年代頃の欧米は人材の引き抜き合戦が激しく、引き抜くにしても、引き抜きを阻止するにも、コストや労力がかかって疲弊している企業がたくさんありました。そんな中、企業は、市場の限られた人材を奪い合うだけでなく、自分たちで育成をしなければならない、有効に活用して業績や競争力につなげていかなければならない、と。製品やサービスをどうするかだけではなくて、人材をどうするかという考え方にシフトしていった背景があります。

一方、最近日本でタレントマネジメントが注目されるようになった理由は2つあると考えられます。1つは「海外で流行っているから、日本でも取り入れてみよう」というもの。もう1つは、少子高齢化が進み近年労働力が不足していくので、マネジメントの観点から「限られた人材をどう有効活用するか」と考えるようになったというものです。

土屋:昔から欧米でも日本でも人材育成の重要性は認識されていたと思うのですが、従来の人材育成とタレントマネジメントに違いはあるのでしょうか?

柿沼:これまでの日本の人材育成では毎年新卒を大量に一括採用して、ある程度のポジションまではみんな並列で昇格して、ミドル以上のポジションから役員や社長の椅子を奪い合うトーナメントが始まるというプロセスが主流でした。しかし、それだと役員や社長になれるのは50代後半もしくは60代になってしまう。

もしも会社にとって社長というポジションが会社の目的を達成するキーポジションであれば、「社長というポジションに優秀な40代を迎えるにはどうすればいいか」を考える必要があります。そうなると、ある程度のポジションまでみんな並列で上がっていくのではなくて、その人だけ最初から社長候補として特別扱いして育成することが求められます。この辺りが私の考えるタレントマネジメントと従来の人材育成との大きな違いです。

欧米でのタレントマネジメントと日本でのタレントマネジメント

土屋:欧米はきちんと職務基準書があって、「これを任せたい」「これができたら報酬はいくら」ということが明確だと思います。一方で、日本はどちらかというと総合職で採用することが多く、欧米に比べると「この職務の人を採用したい」ということが難しいと思っているのですがどうでしょうか。

柿沼:その観点でいうと、職種別で採用された人を同じポジションでひたすら叩き上げていく必要はないと思っています。例えば、人事部長になるまでの道のりはいくつかあっていい。「現場を経験してから人事部長になる」「人事から叩き上げで人事部長になる」など、いくつかの可能性を会社の中で想定して、何年後に人事部長を入れ替えるとしたらどの経路でどの人材を登用すればいいのかを考えることができればいいと思います。

土屋:欧米だと戦略的に空いた職務に必要な人材を当て込めることができているのでしょうか?

柿沼:そうですね。とてもシステマティックです。例えば、ある大手電気事業会社では、CEOが午前中に「辞めたい」といったら、午後には新しいCEOが決まっていたり。それくらいのスピード感で人事が決定します。なぜそれが可能かというと、アメリカでは主要なポジションについて候補者が予め用意されているからです。「Ready Now(今すぐ)・Ready Soon(1~3年後)・Mid Term(3~5年後)」のように候補者各個人の育成計画やその実行状況を企業が把握しているので、育成や配置に情報を活用しやすい。それはいまの日本にはほとんどない仕組みです。

土屋:2017年にラスベガスの HR Technology Conference & Expo 2018に参加した際、いろいろなブースを回りましたが、アメリカはHR領域でもオープンな文化だと思いました。他の従業員のキャリアパスや上司が部下にコーチングしているときのメッセージも自由に見ることができて、全てが開示されているシステムも見受けられました。情報を秘匿するという考え方が薄いんです。もし日本でこうしたオープンな仕組みを導入しようと思ったら、相当壁があると思います。

柿沼:確かにそれはありますよね。例えば、日本では営業部のエースを営業部長が抱え込んで手放さないとか、情報を秘匿することが珍しくありません。良くも悪くもそれが日本を支えてきた文化なので、情報をいきなりオープンにすることは難しいかもしれません。でも、せめて人事部と各部門のマネージャーと従業員本人の三者が同じ情報を見ながら、そこにお互いが情報を追記できるようにするだけでも変わると思います。

タレントマネジメントを日本で活用していくポイント

土屋:欧米で生まれたタレントマネジメントを日本で活用していくにはどうすればいいのでしょうか?

柿沼:2つ方法があると思っています。

1つは、日本の人事管理に関する考え方を欧米のものに近づけるように変えてしまうこと。すべての人材を一括りにして考えるのではなく、特別扱いする人材と平等に扱う人材を区別した管理をしていく。

もう1つは、日本型のタレントマネジメント。私も明確にはイメージできていませんが、組織よりも少し小さな集団単位で育成・評価していくやり方はあり得ると思います。一人のスーパースターとその他大勢がいるようなモデルではなく、「あのチーム凄いよね」と言われるようなモデルだと日本でも受け入れられるのではないでしょうか。例えば、A社を担当しているチームとB社を担当しているチームがあって、高い成果を残しているほうのチームに所属する人たちが特別視されるようなイメージですね。

土屋:また、日本でのタレントマネジメント活用には、やはり働く人一人ひとりの情報の開示も重要だと思っています。ただ、「この人の情報は秘匿して、この人の情報は秘匿しない」など社員のデータを細かく全て管理するとなると複雑な問題が絡んできますよね。

柿沼:そういった意味では、従業員から情報をどうやって引き出すかがポイントになりますね。例えば、日本の大手インターネット広告会社は、毎月1回従業員が自身の仕事満足度や健康状態など自分の幸福度について5段階で5点満点中何点か評価したり、経営や人事について思っていることをフリー記述したりしてオンライン提出する仕組みを導入しています。これなら回答しやすいし、従業員のコンディションや今考えていることに関するデータを貯めるだけでもだいぶ変わると思います。ただ、これは人事部の努力だけでは難しいので、現場の従業員たちが情報を提供するインセンティブを会社全体で設計した方がいいと思います。

土屋:私たちは採用支援サービスを提供しているのでお伺いしますが、どういった採用手法が取り入れられれば日本でタレントマネジメントがより機能しやすくなると思いますか?

柿沼:例えば、リファラルや出戻り採用などが流行すること。中途採用のマーケットが盛り上がり、いろいろなチャネルで人材を採用できる雰囲気があれば、働く人たちが「転職してもいい」というマインドになると思います。企業側も内部育成だけに依存する必要性が相対的に薄れ、各ポジションの充足を柔軟に考えられるようになります。そうなれば日本でもタレントマネジメントがより機能しやすくなるのではないでしょうか。

土屋:採用チャネルを多様化していくことで、個人の能力や価値観に合わせた活躍ができる雰囲気を醸成していくことが必要なのですね。

誰もが理想の働き方を実現できる社会を

土屋:タレントマネジメントが日本で当たり前になったときに、どんな未来があると思いますか?

柿沼:働く人一人ひとりが自分にあった働き方を実現できるようになると思います。働く時間や能力、興味関心も含めて、理想の仕事をしている人が増えているのではないかと。これまでのように一斉に社員を育ててだんだん絞っていくようなやり方ではなく、特定のポジションや活躍の仕方を意識しながら個別的な管理を行うという考え方にシフトすれば、もっと多くの人に活躍のチャンスが生まれてきます。それにともなって、真剣に自分のキャリアについて考える人も増えていくと思います。

土屋:HR領域で様々なサービスを提供している私たちが目指す世界も同じです。タレントマネジメントも含めアプローチの方法は色々ありますが、最終的には日本で働く人一人ひとりが、自分にあった活躍の場を見つけてほしいと願っています。政府が掲げる「一億総活躍社会」や「働き方改革」にもつながりますが、タレントマネジメントはそんな世界を実現するための一つの手段であり、私たちが期待を寄せている分野です。

柿沼:これまでの人事管理の仕組みだと1日8時間労働が当たり前で、残業も転勤も厭わずに働くことが美徳とされていました。しかしこれからは、「時短で15時には帰ります」とか、「転勤は絶対にできません」とか、いろんな価値観や働き方が当たり前になっていくでしょう。

そうなったときに、「このポジションは時短社員の方にお任せしよう」「午前中はこの人にお任せして、午後はこの人にお任せしよう」といった様々な配置ができるような組織にすれば、いろんな方に活躍のチャンスが広がります。
そしてこのように様々な配置ができるような組織を作るには、一人ひとりの価値観や働き方の希望、スキルを把握する必要があります。個人の価値観やスキルをどう集めていくか、「情報を提供したい」「情報を活用したい」と従業員にどう思ってもらうか。そのための仕組みを考えることが大切だと思います。

土屋:私たちも、働く人一人ひとりが、自分にあった活躍の場を見つけることのできる社会を目指してサービスを提供していきたいと考えています。

柿沼さん、本日は貴重なご意見をありがとうございました。

<プロフィール>
柿沼英樹(かきぬま ひでき)
環太平洋大学経営学部講師。明治大学商学部卒業後、民間企業を経て、2011年青山学院大学院社会情報学研究科博士前期課程修了。2016年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2019年京都大学より博士(経済学)取得。2016年より現職。人的資源管理論専攻。近年の主な研究関心は、タレントマネジメント、サービス人的資源管理。

土屋裕介(つちや ゆうすけ)
株式会社マイナビ教育研修事業部開発部部長。HR Trend Lab 所長。日本エンゲージメント協会 副代表理事。国内大手コンサルタント会社にて、人材開発・組織開発の企画営業として、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入。2013年に株式会社マイナビ入社。研修商材の開発や、毎年5000名以上が参加するマイナビ公開研修シリーズの開発責任者、各地での講演などを実施。2014年にムビケーションシリーズ第一弾「新入社員研修ムビケーション」の開発、リリースをしたのち、商品開発の責任者として、「研修教材の開発」「各種アセスメントの開発」「ビジネスゲームの開発」などに従事。2018年より日本人材マネジメント協会・執行役員に就任。

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