HR Trend Lab
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公正で透明性のある人事評価制度の実現に必要なこととは?

2019年11月06日更新

人事評価制度は組織設計まで考えた構築と評価者の教育が重要

──会社は個々の社員を輝かせるために、より有効な評価制度を導入する。その制度の担い手となるマネージャー層はコミュニケーションなどのスキルを磨き、部下との相互理解を深めていく。そうした流れは日本では端緒が開かれたばかりです。問題点も表出しているのではありませんか。

土屋 クライアントと接していると、評価制度にノーレイティングなどの新しい手法を導入したものの上手く運用できていない企業が多いという実感があります。

南氏 それは私も感じます。本来、評価制度は目標の達成度に合わせて適切な評価、処遇を行い、社員のモチベーションやパフォーマンスをさらに上げていくことが目的です。それには、適正な目標設定、着実な実行、公正な評価というMBOの基本がしっかり運用されていなければ何も始まりません。例えば、目標設定の実現可能性を高めるという『SMARTの法則』[※脚注3]を活用する方法があります。5つの成功因子に基づいて個人・組織の目標を設定するもので、その達成率を定期的かつ公正に判断・評価できます。

よく「ノーレイティングを取り入れたい」といった相談をお受けするのですが、ノーレイティングはランク付けを行わないというだけで、評価をしないということではありません。評価制度の根幹にはMBOがあり、それが機能していないのにいきなり新たな手法を運用するのは無理ですよ、と説明しています。

土屋 ですが実際には、MBOを上手く運用できていないのに、「何とかしたい」と新しい手法を導入してしまう企業が圧倒的に多いと感じています。評価制度とは違いますが、そのような現象は、例としてコーチングなども当てはまります。コーチング[※脚注4]の考えを取り入れて「とにかく上司は部下を褒めろ」と指導する企業です。

上司は部下を褒めつつも、評価は正統に行う必要があります。なので、目標を達成できていない部下に高い評価は与えられません。
でも部下の側からすると「いつも褒められているのだから私は職務を全うしているはず。なぜ評価が低いのか?」となる。経営者や人事部が、その時々の思い付きで流行りの手法を脈絡なく導入するせいで、結果として“仕組みの不整合”が生じてしまう可能性があるのです。
そのシワ寄せに苦しんでいるのがミドルマネージャーでしょう。歪んだ評価制度をミドルマネージャーに無理やり運用させることにも繋がってしまいますからね。

南氏 会社は仕組みの不整合や、制度が機能しない原因の一つには、現場の運用当事者であるミドルマネージャーの能力があると思います。確かに部下とのコミュニケーションに問題のある上司が多いのは事実でしょう。ですが、そもそもMBOをしっかりと運用できず、評価制度全体が歪んでいるのですから相互理解に至らなくても無理はありません。
まずは、自社のビジネスや状況に合った最適な評価制度・処遇制度をしっかり機能させるために、評価制度の目的や人事戦略の全体像に対する理解を求め、系統立ったトレーニングでミドルマネージャーを教育していくべきなのです。その順序をないがしろにして手法だけを個別に導入しても無意味と言わざるを得ません。

土屋 加えて、ミドルマネージャーに確固たる権限を与えることも重要ですよね。とりわけ絶対評価をもとに原資を配分する仕組みのノーレイティングでは、その公正性と透明性を確保するためにも、配分比率まで決定する権限を人事部ではなくミドルマネージャーが持つべきです。権限委譲がなされて、はじめて成立する手法ではないでしょうか。

南氏 おっしゃる通りです。ノーレイティングでは、マネージャーによる評価と裁量次第で、報酬原資のすべてを優秀な社員ひとりに支払い、残りの人たちは目標達成率がはるかに低いのでゼロ、ということもあり得ます。その代わりに、マネージャーは「誰に、なぜ、いくら配分するのか」を社員に説明する責任を負うことになります。

土屋 そう考えると、ただでさえ制度の歪みに苦しめられているマネージャーの負担は、労力的にも精神的にも増えるばかりですね。

南氏 スパン・オブ・コントロール、つまり、ひとりのマネージャーが管理する業務領域や部下の数を調整することも必要になるでしょう。評価制度を適切に運用するためには、組織設計まで含めて考えなければならないものだといえます。

土屋 手当たり次第に新しい評価制度を試すのではなく、確固たる価値観に則って、順序良く人事制度を構築していくことが重要ということですね。
ミドルマネージャーは組織や人事制度を抜本的に変える力を持っていません。あくまで現行制度の中で最善を尽くすことが基本です。そして、これまでは評価する側の「評価の目線を揃える」ことが最善とされ、私どもも「同じ事象には同じ評価を与える」といった方向性の研修を提供してきました。
ですが「そもそもなぜ評価は必要なのか」「会社が取り入れている評価制度は何を目指しているのか」「評価によって部下に何を与えたいのか」といった“理(ことわり)”こそが、大切であるはずです。弊社では、そうした部分にも目を向けた評価者向け研修を提供しています。

本日は評価制度を見返すいい機会になりました。ありがとうございました。

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[脚注1]
相対評価とベルカーブ
部下10人を評価するとして、Aランクはもっとも目標達成率の高い1名、Bは次位の2名、Cは4名、Dは2名、Eが1名など、あらかじめ設定された比率(中央部分がもっとも多くなるベルカーブ)に応じて相対的にレーティング(等級分け)で評価していく手法。

[脚注2]
ノーレイティングと1on1ミーティング
ノーレイティングは、個々の社員を相対評価で等級分けするのではなく、目標の進捗度や仕事を通じて得た経験値などをもとに絶対評価を行う評価手法。効果的な目標設定と管理、正確な進捗度把握のためには、短いサイクルに一定以上の頻度(週1回~月1回程度)で個別面談(1on1ミーティング)を行い、進捗や情報を相互共有することが必要とされる。

[脚注3]
SMARTの法則
ジョージ・T・ドランが提唱した、目標設定手法。目標達成の実現可能性を高めるために重要とされる次の5つの因子からなる。Specific……明確な目標であること、Measurable……達成率や進捗度を測定可能であること、Assignable……役割・権限が与えられていること、Realistic……実現可能性があること、Time-related……期限が設定されていること、以上の頭文字から“SMART”と呼ばれる。

[脚注4]
コーチング
部下の潜在能力を最大限に引き出し、自発的な行動を促して、成果をあげさせるためのコミュニケーションスキル。「褒めて伸ばす」ことが重要とされる。

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南和気氏
SAPジャパン株式会社 人事・人財ソリューションアドバイザリー本部 北アジア統括本部長
大阪大学法学部卒業後、米国企業を経て2004年よりSAPジャパンに入社。人事・人材戦略コンサルティングのスペシャリスト。「人事のグローバル化」「グローバルで活躍する人づくり」「イノベーションを実現する組織づくり」の実現を強みとして、200社以上のコンサルティング実績を持つ。人事コンサルティング事業責任者、アプリケーション営業責任者を経て現職。2017年度 立命館大学経営大学院「人的資源管理」講師
著書:
「世界最強人事」 (幻冬舎) 2015年
「人事こそ最強の経営戦略」(かんき出版) 2018年
「Engaged Organization」(かんき出版) 2019年

土屋裕介
株式会社マイナビ 教育研修事業部 開発部 部長/HR Trend Lab所長
国内大手コンサルタント会社で人材開発・組織開発の企画営業を担当し、大手企業を中心に研修やアセスメントセンターなどを多数導入した後、株式会社マイナビ入社。研修サービスの開発、「マイナビ公開研修シリーズ」の運営などに従事し、2014年にリリースした「新入社員研修ムビケーション」は日本HRチャレンジ大賞を受賞した。現在は教育研修事業部 開発部部長。またHR Trend Lab所長および日本人材マネジメント協会の執行役員、日本エンゲージメント協会の副代表理事も務める。

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